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智慧の蜜

善。
それは幸福の花。
悪。
それは不幸の花。

善は人を清らかとし幸福を現す。
悪は人を汚し不幸を現す。

全ては心を根本とし。
諸々の事柄は言葉から行為へと繋がる。

心。言葉。行為。
すなわち身口意の全てがあらゆる果報を生む。

あなたはそれら全てを善なるものへと変容させなければならない。変容を怠れば。悪因悪果。すなわち悪業の餌食となり。虎に食い殺されるが如く。酷く酷く傷付くことになってしまう。

幸福や願望成就の因は常に善にあり。善業のみがあなたに幸福を与える。諸々の幸せは積まれた功徳から生じ。あなたの望むものへと変換される。幸せになりたくば善の心を持ちなさい。そして善に満ちた言葉を語りなさい。更に善なる行為を遂行しなさい。

もしもあなたに望みがないのなら。
積まれた功徳は修行の果報としてあなたに返るでしょう。功徳の果報は無数の喜びを心に現し。何もしていなくてもあなたの心は歓喜に包まれる。いつ如何なる時もあなたは幸福を享受する。それは素晴らしい善と功徳の果報です。欲望を満たさずともあなたは絶えず幸福に浸かれるのです。あたかも心が湯治の湯に浸かりきっているかのように。あなたの心は至福と安らぎに満たされる。

善の果報は甚だ大きく。
心にもたらす作用は甚大である。

効能ある薬はいつの時代も重宝されるもの。
善は正に古今東西いつ如何なる時も。人の拠り所となり。心の薬となり。あらゆる願望成就を果たす如意宝珠のようなものである。

天に住まう神々が如何なる欲楽をも満たせるのは正に如意宝珠のおかげであり。如意宝珠とは善業の果報が形を現した功徳の顕現である。すなわち功徳とは如何なる望みをも叶えてくれる魔法のような力であり。全ての衆生が求めなければいけない幸福の結晶である。

幸せは功徳にあり。
功徳とは善業の果報である。

悪因悪果。善因善果。
この世はカルマが全てである。
全ては因果によって定められている。
一切に独立した個という存在はなく。
全てのものが縁起によって結びついている。

カルマの法則は実在する。
あなたがカルマに対して信を持つことが出来たならそれは素晴らしいことだ。
カルマへの信によってあなたは正しき道と正しき見解を持つことが出来る。

衆生はカルマへの信が欠落しているが故に悪業を犯す。その結果として悪因悪果。すなわち悪と苦しみの果報が返り。今生来世において大いに苦しみ。終わることのない苦痛と恐怖を味わい続ける。輪廻の迷盲は無知より生じ。無知ゆえに誤った見解を持ち。誤った見解ゆえに悪業を犯す。

あなたはまずカルマの法則に対して正しき信を持たなければならない。さもなくば誤った見解。すなわち誤謬によってあなたは破滅の道を歩むことになる。

愛しき衆生よ。
破滅してはならない。
無知と誤謬から生じる十の悪癖はあなたを容易に悪趣へと赴かせる。
無知を滅ぼすには智慧が必要であり。
智慧を得るには教えに対する信が必要である。

あなたは瞑想することよりも先に教えに対して正しき信を持ち。あらゆる正しき教学を修め。この世と何なのか。この世にはどのような理が働いているのか。そしてどのような不幸と苦しみがあるのかを正しく学ばなければならない。

何が因となって私は幸福となり。
何が因となって私は不幸となるのか。
あなたはこれらを正しく識別しなければならない。

誤った見解は必ず破滅をもたらす。
ゆえに教学は必須なのである。

修行の初期段階において教学ほど素晴らしきものはなく。またそれに勝るものもない。しっかりと正しき認識を持ち。誤った見解を放棄し。好ましくない性質を遮断すること。これこそ修行初期に必要なことである。決して瞑想するだけが修行ではなく。かえって修行初期の瞑想はあなたを破滅へと近付けるだろう。

修行の始まりは教学である。
それは古の時代から継承され続け。
これからも変わることがない。

教学とは全ての修行の登竜門である。

愛しき衆生よ。
苦しみを退け幸福に栄えたいのなら。
まずは教学から始めなさい。

教学。
それは不幸から脱却する足掛かりであり。
幸福を手にする支柱である。

つまり教学が全ての土台となり。
教学の上にあらゆる修行が積み重なり。
あらゆる果報の蓄積が悟りや解脱へと繋がるのである。

土台がよろめけば全ては瓦解する。
土台がなければ悟りの家を建設することは出来ない。

修行は教学の上に成り立つ。
よってあなたはしっかりと教学に励まなければならない。土台をしっかりと固め。その上にあらゆる智慧や瞑想。善業や浄化の果報。すなわち功徳を積み重ねるがよい。これら一連の修行という建築作業によって。悟りの家は徐々に完成に近付くだろう。

影も形もないところから何物も生じはしない。

まずは土台造り。
すなわち教学に専念しなさい。
それが修行初期に為すべきことです。

カルマの法則の実在性。
六道輪廻の実在性。

全ての衆生はカルマに従って転生を果たす。

教学によってカルマとカルマの果報として現れるあらゆる世界があることを知りなさい。

地獄が存在しないと誤った認識を持つがゆえに衆生は悪業を犯すのです。
地獄があると知れば衆生は決して悪業を犯さないでしょう。それは悪業を犯せば地獄に堕ちることは免れないという。カルマと転生に対する正しき信から生じます。悪業とその果報。すなわち地獄等の悪趣に恐怖を抱くのは非常に正しき見解です。修行者や賢者は正しき認識と正しき見解を以て。悪業とその果報を恐れるのです。

教学は衆生に正しさを与えます。
それは幸福の因であり不幸の滅却です。

幸福の架け橋は教学から始まり。
最後には苦を滅し涅槃に至ります。

始まりの架け橋に足を駆けたなら。

後は進むだけです。

どうか諦めずにお進みください。

限りなき真理の道を。

その心で。。。


慈悲の涙の化身。
ターラー菩薩に深く深く帰依致します。
どうかかの者を導きたまえ。
その限りなき慈悲で。
衆生の心に慈悲の恩寵を垂れたまえ。
愛しき慈睡の華よ。
どうか一切衆生に慈悲を与えたまえ。
かの者に智慧と慈悲の祝福を与えたまえ。
全ての仏陀の母よ。
どうか衆生に一触れの慈悲を垂れたまえ。
あなたの慈悲によって。
あなたへの真言を与えたまえ。
心を以てあなたを唱え。
心を込めてあなたに祈る。
私はあなたを讃え奉る。
慈悲の涙が三界全てを満たし。
輪廻衆生が救われるその時まで。
私はあなたに平伏し。
あなたの救済の道具として。
また菩薩として。
智慧と慈悲の使命を果たし続ける。


慈花の蜜は恩寵となりて。
あなたの頭上に零れ沁みゆく。。。






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