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エッセイ

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日々考えたことやエッセイ、読んだ本のことや何気ない景色のこと。
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#エッセイ

夜の窓をひらく

夜の窓をひらく

冬のはじめの頃、友人が営む古民家の本屋「庭文庫」で1枚の絵を買った。

明るい日差しが感じられる緑を基調とした作品が並ぶ中、ひっそりとした夜の景色に目が留まった。渓谷の中に続いていく道が、夕暮れとも夜明け前ともつかないあかるさと暗さを混ぜたような青のなかに溶けている。

いつかこの景色を見たことがある、と直感的におもった。もっといえば、わたしはこの景色の中にたしかにいた。朝と夜の境目に立った日も、

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岡崎・MATOYAで見つけた原点の芽

岡崎・MATOYAで見つけた原点の芽

7月下旬のある夜、何気なくSNSを見ているとある作家さんのうつわの写真が目にとまった。
見れば、岡崎で個展を開催中だという。

休みの日は個展やイベント、地域プロジェクトなど、焼きものに関するところへは積極的に出向くようにしている。
いまはネットでもそれなりに情報は得られるし、写真の画質だって昔よりは向上している。

それでも、やはり実物を見たいと思う。
写真から伝わってくる平面的な情報よりもずっ

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花冷え

花冷え

インターンの帰り、花冷えのする午後10時の矢場公園のあたりは人気もまばらで、少し早足で通り過ぎる。閉店後のセレクトショップのマネキンの気配にはっと顔をあげたとき、大通りの方から二十歳そこそこの女の子が自転車に乗ってこちらに走ってくるのに気がついた。

そのまま歩を進めると、閉店後も明るいファストファッションのお店のあたりで自転車の女の子とすれ違った。まだ夜は冷え込むというのに薄着で、煙草をくわえな

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クロノスはどこにもいない

クロノスはどこにもいない

結婚前、実家では父方の祖母と同居していた。祖母は95歳を超えてなお、おしゃべりが好きで、食べることも同じくらい好きだった。70代の半ばから進行した緑内障のために目はほとんど見えていなかったけれど、耳がよいからいつでもわたしを見分けることができた。

祖母は8年ほど前に亡くなった祖父と66年も添い遂げた。まだ四半世紀しか生きていないわたしにとって、もし自分が90歳よりも長く生きるとしたらずいぶん遠い

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夏の風物詩

夏の風物詩

先日、CMで稲川淳二さんを見かけたとき、夫が「夏だねえ」と言った。わたしもそう思う。夏の風物詩と言えばいろいろ思い起こされるが、著名な人だと稲川淳二、TUBEあたりを思い浮かべる人は多いのではないだろうか。

わたしは怖い話の類はけっこう好きなほうだ。そのくせ、おばけ屋敷は怖いので絶対に入らない。おばけや幽霊が怖いのではなく、突然大きな音がしたり、人が脅かしてくるのが苦手なのだ。

わたしには霊感

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ゆらめく記憶

ゆらめく記憶

火曜日の日課といえば、朝起きてスーパーの広告をチェックすること。火曜日の朝市にいそいそと出かけていって、平日の食材を買うためだ。

きょうも、眠い目をこすりながらスーパーのチラシに何気なく目をやる。だいたい安くなっているものは同じ。たまごとお肉、それにじゃがいもやたまねぎ、にんじんあたりのポピュラーな野菜。

できるだけ無駄な買い物をしたくないから、冷蔵庫の中を見ながらざっくりと週末までの献立を考

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大好きな音楽が聴けなくなった春の話

大好きな音楽が聴けなくなった春の話

1年前の春、音楽が聴けなくなった。

ずっとZIP-FMが流れている職場には取引先からひっきりなしに電話がかかってくる。人の声が飛び交い、デスクのすぐ隣ではデザイナーがミシンを踏む音がする。

転職してしばらくすると、右の耳でトトトトトとふるえるような耳鳴りがするようになった。その頻度が上がるのに、そう時間はかからなかった。通勤中にいつも聴いていたラジオも自然と聴けなくなった。

残業を終えて45

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