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本のこと

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#本

この女

この女

森絵都が大阪のドヤ街を書く。この違和感に面白そうなニオイを感じて衝動買いしました。

森絵都といえば『カラフル』や『DIVE!!』シリーズなど映像化された青春小説を思い浮かべる人が多いかもしれない。もともと児童文学でデビューした彼女は絵本の著作も多い。身の回りの人たちと話していると、あまり大人向けの小説のイメージはないようだ。

私自身は、どちらかというと女流作家としての森絵都の作品が好みだ。直木

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君の嘘と、やさしい死神

君の嘘と、やさしい死神

「末裔の中で一番落ちぶれたやつを助けてやろう。」

突然現れた死神に術をかけられた主人公。先祖の功徳の恩恵を受け、死神の姿を見ることができるようになる。勧められるままに医者の看板を出して一儲けするお調子者を描いた古典落語『死神』に登場する一節だ。元々はサゲ(オチ)で主人公が命を落とす。ただ、元旦などのめでたい席での演目に向かないことを理由に、ハッピーエンドで終わるものなど数パターンの派生した物語が

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一瞬の雲の切れ間に

一瞬の雲の切れ間に

「My heart was broken」

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のクライマックスで名優ミシェル・ウイリアムズが元夫役を演じるケイシー・アフレックへ投げかける、強烈に印象的な台詞だ。自らの罪の重さに耐えていた心の内側が漏れ出てる姿には、ここまで涙腺が緩んでいたのかと驚かされるほど心が揺さぶられる。

『万引き家族』でカンヌ映画祭の話題をさらった是枝裕和監督のもとで撮られた映画『エ

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新しい役割

新しい役割

いつの世も最初に語られる理想はキレイごとに聞こえるものだ。

マンガ家・かわぐちかいじさんが描いた名作『沈黙の艦隊』の主人公である海江田四郎の言葉だ。海江田の動きを抑えようとするアメリカ大統領トニー・ベネットに自らの行動の意図を堂々と伝えるシーンは、その後の物語への期待を大きく膨らませる力があった。原子力潜水艦1隻で全世界を相手にできたのは、彼の言葉の力が波紋となって多くの人に響いたからだろう。

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分断

分断

「社会」って、何だと思います?

大学の頃、ゼミの担当教授から問われたことがある。当時、社会学部の学生であった僕は、恥ずかしながらちゃんと答えることができなかった。

「社会」とは元々、人々の共同体を指した言葉です。だから、人間が3人以上集まれば、そこは社会になるんですよ。

ほぉ、なるほど。教授の言葉にもっともらしく頷いてみたものの、具体的なイメージはなかなかピンとこなかった。ただ、社会につ

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17歳

17歳

勉強よりも素敵で大切なことがいっぱいある。

直木賞作家・山田詠美が25年前に描いた17歳の少年が、あまり良くない自分の成績を見てこぼした言葉だ。ちょっと論点がずれている気もするが、これはこれで正論である。この少年・秀美くんは、同級生に比べてちょっと大人びた一面を持つ。斜に構えていながら言いたいことをはっきりと言ってしまえる姿は、同世代でこの本を初めて読んだときになんだかカッコよく見えたものだ。

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不足から充足へ

不足から充足へ

全員が美味しいという料理は、この世に存在しない。

中華の鉄人として有名な陳健一さんの言葉だ。料理のプロフェッショナルとも思えない一言だが、なるほどその通り、料理はまさに属人的な作業である。人気のレシピはあれど、万人にウケる味はない。同じメニューを料理本片手に作っても、人が違えばすべて違う味になる。使う鍋の種類、コンロの火加減、具材の切り方。さまざまな要因が異なる結果を生む。自分が美味いと思ってい

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