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倭姫命様の物忌 元伊勢一三五 神話は今も生きている ことの葉綴り四六六

新月タイム

おはようございます。今日もお天気よく気温も高いですね。
皆さん、いかがお過ごしですか?
今日も水分補給して体のケアしながら過ごしたいですね。
明日六月十日(木)はふたご座の新月で、金環日食!
今朝未明に、月は新月ゾーンに入ったようです。

さて、今日も神話の物語に入ります。
倭姫命さまが、天照大御神さまを伊勢の五十鈴の宮にお祀りされました。その後のおはなしです。宜しくお願いします。

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<ことの葉綴り>ご案内

神さまも“失敗して成長した”と、“神話は今も生きている”を感じる魅力的な神様の物語と、二千年前、伊勢の神宮ができるまでの物語「神話の物語」(『古事記』『元伊勢』の物語)。そして「エッセイ」と、マガジンを分けてあります。
下記のトップページから、スクロールしていただくと、物語別、神様べつに「マガジン」が選べるようになっております。
神さまの名前や、ご興味あるものを読んでいただけると幸いです。

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倭姫命さまの物忌(ものいみ)


五十鈴の宮の空の上で、昼夜なく鳥の鳴き声がやまず、不思議に思われた倭姫命さまは、大神主の大幡主命(おおはたぬしのみこと)と舎人の紀麻良(きのあさら)に、この鳥を調べるように命じられました。
大神主の大幡主命(おおはたぬしのみこと)と舎人の紀麻良(きのあさら)が、志摩国の伊雑(いさわ)に鳥が戻るのを追っていきますと、葦原の中の稲に、一本の稲から千の穂に茂る不思議な稲を見つけました。この鳥は、真名鶴で、この稲を天照大御神さまに献上しようと咥えて飛んで巡り、昼夜となく鳴いていたのです。

それを聞いた倭姫命さまは、「なんと畏れ多いこと。言葉を発しない鳥でさえ、田を耕作して皇太神(すめおほみかみ)さまに稲を奉ろうとしているのか……とはいえ、真名鶴は、尊い稲穂の取り扱いがなんと乱暴なことであることか」と、仰ったのです。
そして……。

物忌(ものい)み始め給ひて、彼の稲を伊佐波登美神(いさはとみのかみ)を為(し)て抜き穂に抜かしめて皇太神(すめおほみかみ)の御前(みまへ)に懸久真(かけくま=懸奠)に懸け奉り始めき。
即ち、其の穂を、大幡主命の女子(むすめ)乙姫に清酒(おほみき)に作ら令(し)めて、御饌(みけ)に奉り始めき。
千悦(ちから)奉り始むる事、茲(こ)れに因れる也。
彼の稲の生ふる地(ところ)を千田(ちた)と号つけたまひき。


倭姫命さまは、物忌(ものいみ)をお始めになったのです。

物忌(ものいみ)とは、ご神事のための一定期間、飲食、言動を慎み、沐浴をして身を浄め、お籠りになることです。

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皇太神様に抜き穂と清酒を奉る

物忌で心身をお浄めになられた倭姫命さまは、伊雑(いさわ)の地元の神である、伊佐波登美神(いさはとみのかみ)に、先端に千本の稲が茂るその稲を、抜き穂として抜くようにお命じになられました。
そして倭姫命さまは、天照大御神さまの御前に、お供え物の御饌として、お懸けて奉られたのです。

さらに、大幡主命(おおはたぬしのみこと)のである、年若い乙姫に、清き酒を造らせて、お神酒としてもお供えをされたのです。
千悦(ちから)、いわゆる租税を納め始め申し上げるのは、このことによるのです、とあります。そして倭姫命さまは、この不思議な稲の生えるところを「千田(ちた)」とお名づけになりました。


さて前回の、質問の答えは、「B千の稲が実る一本の稲を天照大御神さまに奉る」でした(^^)いつも、本当にありがとうございます!感謝!

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―次回へ
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