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小説 桜ノ宮

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大人の「探偵」物語。 時々マガジンに入れ忘れていたため、順番がおかしくなっています。
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#大人

小説 桜ノ宮 あとがき

小説 桜ノ宮 あとがき

緊急事態宣言が出される少し前に、大阪環状線に乗った。

大阪駅から目的地の京橋へ行く間、車窓からは雑多な街や腐った青汁のような川を縫うように桜が咲き始めているのが見えた。

何となくその美と汚さの混じったさまを見て、このあたりを舞台に小説を書いてみたいと思ったのが始まりだった。

最初は、多くの人が大好きな不倫ものを書くつもりだった。

しかし、私自身が不倫に興味がなかったので、前から書いてみたか

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小説 桜ノ宮 ㉛ 終

小説 桜ノ宮 ㉛ 終

夕方が近づいて風が強くなってきた。
横なぐりの桜吹雪を春子は空虚な気持ちで眺めていた。
ふいに、肩回りが温かく感じられた。
背後に誰かがいる。
そう思った途端に後ろから抱きしめられた。
「春子さん。何考えてるの」
「“願わくは 花の下にて 春死なん”」
「西行だね」
腕の中にいながら、春子は振り返った。
スリムは春子の前髪を整えた。
「春子さん、僕と行こうか。おなかの赤ちゃんと幸せに暮らせるところ

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小説 桜ノ宮 ①

小説 桜ノ宮 ①

ありふれた春の午後だった。少し冷たい風に桜の枝が揺れていた。芦田広季は、定食屋から出てくるなり花びら交じりの風を浴びた。

大阪・桜ノ宮。

川沿いの桜並木へと吸い込まれるように歩いていく。

川から立ちのぼる生臭い匂いを阻止するために息を止めた。腐った青汁のような色をしたこの川を可憐な桜が包み込むように咲いている。
広季は人目も気にせずジャンプして桜の枝に触れてみた。着地するなりベルトの上の贅肉

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