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短文学集

25
筋も思想も体系も、全部気にせず楽しむことを短文学と称して日々の感傷を綴る。
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#夜

門前の人にも橙を

門前の人にも橙を

 手袋すらつけていない指は、もうハンドルの感触を伝えない。突風でも吹けばあっという間にバランスを崩してしまうだろう。その拍子にチェーンが外れてしまえば、このかじかんだ手で直すことはもう不可能だ。
 寒さは夜の町を覆って、この世界から私の居場所を奪うように、肌の表面から少しずつ浸食し、心臓にまでその手を伸ばそうとしている。こんな小さな折り畳み式の自転車では、どこまで走ろうとも逃げ切れそうにない。
 

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忍び泣き

忍び泣き

 その日は大きめの低気圧がやって来ていて、予報通り空は一日中暗い雲に覆われていた。数時間に一度、雨風が窓を強く揺らしては去っていくのを、私はずっと布団の中で聞いていた。
 昔から空模様と体調が比例してしまう体質で、せっかくの休日に何も出来ないまま。それもあと四時間ほどで終わってしまう、という頃になってようやく布団から抜け出し、せめて空っぽの冷蔵庫をどうにかしなければ、と遅めの買い出しに出かけること

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明滅

明滅

 黄色い信号が明滅している、それだけの交差点をいくつも通り過ぎる。取り締まるべき車の流れなどとうにない。その下を早足で行く私にはまるで興味を示さない。私とて、その明滅に日中ほどの意味を認めないで、ただ足音だけを鳴らして過ぎる。

 もうどれほど歩いた。先ほどまで身体を駆け巡っていたアルコールが汗と滲み、それをもう随分夏の夜に振り落としてきた。普段は車内から見るばかりの街路樹や花を、これほどゆっくり

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宵の劇薬

宵の劇薬

 頬に冷たさを感じて、確かめる指先が湿った。いつの間にか寝てしまっていた、そして、目が覚めてしまった。
 夢を、見ていた。開いた目に、瞼の裏と同じ暗闇が映る。少し前まで、この目に映っていたはずの光景は、もうどこを探しても見当たらない。狭いワンルームに圧縮された闇に締め付けられるような、そんな微かな痺れが、脳から手足の先へと伝っていく。
 今頃になってもまだ、あんな夢を見てしまう。そしてその夢を、あ

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底徊

底徊

 どこやらで烏が鳴いた。頭上を黒い影が幾つか、西を目指して行くのが見えた。その後を追う温度の無い風の背を捕まえて、枯葉や蛾などが逃れるように西へ流れていく。
 空が、呑まれていく。あれほど天を焦がしていた夕日の、その下に瓦を輝かせていた人家の、休耕田の僭主たる叢たちの、その全ての色彩を抜き去るほどの暗い夜がやってくるのが見える。
 随分待ったものだ。空の果てに、その影を見つけた時からもう数時間が経

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泡と煙

泡と煙

 傾けた缶から落ちる液体が、その流れを絶やした。喉を過ぎるのはアルコールを含んだ吸気ばかりで、そのことが惜しくて堪らなかった。オンラインゲームに興じる隣人の声に邪魔されぬよう、あの壁の薄い安アパートの自室から三百五十ミリの僅かな楽しみをせっかく連れ出してきたというのに。
 普段は人気のないこの坪庭ほどに小さい広場の前の路地を、場違いに騒がしい浴衣姿の一団が行き、発泡酒に余計な苦みを足して去っていく

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病窓に見る桜

病窓に見る桜

 座椅子の上に積んだ本を目の前の座卓に置く。同じようにして積まれた本の山に手が当たって、床に崩れ落ちた。それを拾って置きなおすと、今度は時計が転げ落ちる。腹の底から熱を帯びたため息があがってきて、それを天井に向けておおげさに吐き出した。
 最近、何もかもこんな調子だ。歩けばゴミ箱を蹴飛ばし、書類は指をすり抜けて散らばり、水筒は忘れる。その度に身体の中心に熱が蓄積される。心臓とか、胃とか、そういうも

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出来合いの感傷

 鼻先を掠めた影を目で追う。眼鏡に手をかけた頃にはもう、ピントの合わない部屋の中へ滲んでいった。これで私の就寝時間は一時間は延びた。虫が苦手なわけではないが、自分の領域でぶんぶんやられると気になって何も手につかなくなってしまう。鼻の両側にかかる圧が均等になるよう片手で調整をしながら、部屋中をぐるりと見渡す。テレビや本棚の輪郭は定まったものの、真夜中の侵入者の姿は見当たらない。探し回るうちに自然と舌

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夜明け

 バックスペースキーをカチカチ叩きながら、広がる白の前に茫然とする。
渺茫たる白の中で、カーソルは急かすように点滅する。カタカタ文字を打ち込んではまた、カチカチやる。だいたい八文字分くらいのスペースを、カーソルが反復横跳びのようにいったりきたりしている。

 視界の端で何やら動いたので、そちらを見やる。視線の先にあったのはデジタル時計だった。ゼロ、ヨン、ゴ、キュウと並んでいたものが、
ゼロ、ゴ、ゼ

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