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OODAループの前提条件

最近よくPDCAサイクルに替わるコンセプトとして「OODAループ」という言葉を聞くようになりました。元々はアメリカの軍事用語だったのですがビジネスの世界に応用され、日本語の本も何冊か出版されています。ご存じない方のために簡単にご紹介しますと、OODAループとは状況判断を的確に行い、意思決定して物事を機動的、スピーディに推進していくための考え方、とでも言えるもので「Observe:観察・Orient:情勢判断・Decide:意思決定・Act:実行」の四項目で構成されています。

そもそもはアメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が朝鮮戦争時の戦闘機パイロットの情勢判断、意思決定のプロセスを研究し、一般化・体系化したものが始まりで、以来特に空軍と海兵隊においてこの思想が広く教育されるようになりました。次第に民間でも取り上げられるようになり、雑誌ハーバード・ビジネス・レビューや往年のベストセラー「エクセレント・カンパニー」で有名なトム・ピーターズ氏が紹介し、ボストン・コンサルティング・グループも取り上げるなどして、アメリカの産業界に広がっていきました。

単純に言うと、素早く判断し行動に移らないといけない状況においては(それこそ戦闘機同士の空中戦など)、PDCA(Plan:計画 Do:実行 Check:評価・Action:改善)のプロセスを踏んでいる時間はありません。そこで目下の状況を観察し、判断して意思決定し、行動に移すというサイクルを如何に素早く行えるかどうかが重要となり、そのための方法論が必要となったというわけです。これが状況の刻々と変わるビジネス環境においても応用可能ということで、広がっていったと思われます。

日本においても2019年あたりから急に話題になり始め、最近ではお客様企業においてもOODAという言葉をよく聞くようになりました。「PDCAはもう古い」、「PDCAではDX時代についていけない」といった声すら聞くようになっています。しかし長年、軍事組織を研究してきた私からすると今のブームとでもいうべきOODAループの取り上げられ方には正直、違和感を感じます。

私は25年ほど前からアメリカ海兵隊に興味を持ち、特にその組織理論、行動理論、人材育成理論などについて真剣に学び、実際のマニュアルや教本を入手したり将官や隊員の方々と交流して研究してきました。海兵隊についての詳細は稿を改めますが、そのベースに立って昨今のOODAループについての議論や書籍を見ていると、正直非常に表面的なものが多いと残念に感じています。そして本質を知らずして使い方を間違えるとOODAループは全く機能しないと確信しています。

まず大前提として、OODAループは組織としての行動ではなく個人の状況適応をテーマとした考え方であるということがあります。個人が直面した突発的な出来事に効果的に対処するための方法論としては確かに有効ですが、個人個人が勝手に自分なりのOODAループを回してしまったら、チームや組織はバラバラになり崩壊してしまいます。組織としてこのループを回すためには、いくつか絶対に外せない条件があるのです。

何よりも重要なことは、ボイド大佐に師事したチェット・リチャーズ氏の書籍(東洋経済新報社刊)で「相互信頼」という表現で書かれている要素です。彼の書籍では相互信頼はOODAループを促進する条件の一つというニュアンスですが、私に言わせれば相互信頼、それを生み出す共通体験、さらにいうと共通の能力基盤といった要素は不可欠な前提条件です。

例えばアメリカ海兵隊においてはパイロットからコックまで、全ての隊員が徹底的にライフルマン(歩兵)としての訓練を受け一定以上の技量を有しています。パイロットでも泥沼の中を重い小銃を抱えて這い回り、三日三晩不眠不休で何百キロも走ったりした経験を持っています。また徹底的に海兵隊員としての価値観を刷り込まれ、そこに染まれない隊員は脱落させられます。だからこそ、戦場において味方部隊のわずか30メートル先を航空機で爆撃するといった離れ業が出来るのです(空対地の爆撃において30メートルはゼロに等しく、パイロットが歩兵の行動様式が分からないと味方を誤爆しかねないということです)。

そういう前提条件があるからこそ、個人個人が自分なりの判断でOODAサイクルを回しても組織全体として機能することが出来、バラバラにならず組織全体として成果をあげることが出来るのです。裏を返すと組織やチームの全員が「体験の共有」どころか、徹底的に一定の判断能力、行動能力、業務遂行能力などを保有出来るよう訓練し、共通の価値観を骨の髄まで浸透させている状態でなければ、OODAサイクルを組織に導入することなど絵に描いた餅に過ぎないということです。

もし企業において本当の意味でOODAサイクルの考え方を導入し、高速で機動的な組織を作りたいのなら、社員全員(それこそ営業・開発・製造・人事・経理・財務などすべての部門のすべての階層の社員)に徹底的なスキル教育と理念教育を施し、それに従わない者は組織から追放するくらいの覚悟を持って推進するしかありません。パッチワークではダメなのです。

もちろん一定の条件が整えばOODAサイクルが非常に有効なコンセプトであることはまちがいありません。しかし表面的な手法論としてOODAサイクルを捉え導入すると、とんでもないことになるのは目に見えています。ぜひしっかりと本質を理解し、おためごかしでなく本気で組織改革を行う覚悟とエネルギーを持って導入して頂きたいと思います。

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