マガジンのカバー画像

女子小説のお部屋

53
女子による女子のための小説 会社帰りに、休日前夜に、シュワシュワを飲むように
運営しているクリエイター

記事一覧

ゆきだるまとけたら 14(最終話)

ゆきだるまは、駐車場とグラウンドを仕切る塀の上にのせた。

「はーできたできた! 集中してたから腹へった」

林君はパンパンと手を払いながら言う。

「あ、私チョコ持ってる」

先生からもらったチョコレート。先生が新婚旅行でいない間、一日一粒ずつ食べようと決めて、今日の分は制服の胸ポケットに入れてきたんだった。

「どうぞ」

「お、サンキュー。あれ。これ、ゆきだるま?」

「……マトリョーシカじ

もっとみる

ゆきだるまとけたら 13

「ねぇ、こんな寒い中何するの?」

林君は薄くつもった雪をさくさく踏みながら、グラウンドを横切っていく。

「寒いからできること。とかなんとか言って、かぐらちゃん着いてきてるし」

「……今日は暇だから。それだけ」

どうして私、林君なんかに着いてきてるんだろう。林君が、誰もいない放課後に何をするのか気になっている。そういうちょっと非日常的でモヤモヤを忘れられるようなことを探していたからちょうどよ

もっとみる

ゆきだるまとけたら 12

先生が新婚旅行のために学校を休んだ初日。その日は冬の終わりなのに寒さが戻って、また雪が降った。朝からチラチラしていた雪は、夕方にはうっすらつもりはじめていた。

「早く帰らなきゃ、電車止まるかも」

クラスメイトたちは、副担任のホームルームが終わると足早に教室を出て行った。今日はどの部活も休みになって、すぐに学校はしんとした雰囲気につつまれた。

灯りが落ちた校舎を私はゆっくりと散歩した。ぶらぶら

もっとみる

ゆきだるまとけたら 11

「ちょっと待ってて」

先生は職員室に入っていき、しばらくしてから茶封筒を持って出てきた。

「他にバレないように」

渡された封筒を開けると、中には可愛いマトリョーシカの形をした缶が入っていた。

「ホワイトデーまで返事のばすのもいけないなと思って。ほら、結婚しちゃったし。気持ちには応えられないけど、ありがとうな」

「わざわざ準備したの?」

「本気ぽかったから、ちゃんとしようかと。それ、ゆき

もっとみる

ゆきだるまとけたら 10

先生はチョコ食べてくれただろうか。ホワイトデーお返しもらえるかな。バレンタインのそわそわを引きずって数日。

朝のホームルームのために教室にやってきた先生は、なんだか様子が違った。嫌な予感がした。こんな勘が働いたのははじめてだけど、これだけ毎日見ている人だからわかる。

「今日はみんなに一つ報告があって」

少し緊張しているような顔。だめ、やめて、言わないで。聞きたくないのに、席を立つことも耳を塞

もっとみる

ゆきだるまとけたら 9

先生へのトリュフ、どうやって渡そう。私の頭にはそれしかなかった。紙袋を持ってうろうろする。

車にかけておく? 靴箱に入れておく?

職員玄関の方に回って靴箱を確かめようとしていると、先生がやってきた。

「何してんの? 誰かのストーカー?」

冗談を言いながら先生はおどけてみせた。何このチャンス。周りには誰もいない。

「これ、先生に」

紙袋ごとトリュフを渡した。

「わ、サンキュー」

「い

もっとみる

ゆきだるまとけたら 8

浮き足立った教室で、私もその雰囲気にのまれていく。今日はバレンタインだ。

「これどうぞー」

「あ、私も」

クラスメイトの女子からチョコマフィンを受け取り、代わりにチョコチップクッキーを渡す。あっという間に机はお菓子でいっぱいになった。

昨日は二種類お菓子を作った。クッキーとトリュフ。友達に配る用がクッキー。本命はトリュフ。

「先生ーあげるー」

先生が教室に来るやいなや、女子たちがきやっ

もっとみる

ゆきだるまとけたら 7

「ちょっとごめん!」

林君の顔を見る間もなくそう言って、私は走り出した。

先生、先生ーー。

車は駅のロータリー手前で左折して、あっという間に見えなくなってしまった。追いつけなかった。いや、車に走って追いつけるわけない。わかっているのに。先生の車を見ると、追いかけずにはいられない。

ぽたぽたと脚になにか垂れた気がして、ふと下を見るとスカートと左脚に茶色い液体が垂れていた。

「あ、アイス」

もっとみる

ゆきだるまとけたら 6

学校から駅までの道のり。何度振り返っても、付いて来ている。早足で歩いてもゆっくり歩いても、その距離は一定だった。

「あのさ、林君。何か用?」

「別に。俺も帰ってるだけ。駅までこの道が一番近いじゃん」

にこにこと林君は答える。何この人。「もういいよ」私は引き離すのをあきらめて、林君の横に並んだ。

「あ、ねぇねぇ。ゆきだるまアイス、サービスだって」

ゆきだるま、その禁句ワードを林君が口にする

もっとみる

ゆきだるまとけたら 5

「あの、ゆきだるま。ごめんなさい」

「ん? あぁ。子どもっぽいことやめてね」

先生はとんとんと、持っているノートで自分の肩を叩いて言った。やっぱり子どもっぽいと思われたんだ。下を向く。

「関口さぁ、そう言う風に下向かずに、もっと笑った方がいいんじゃない?」

唐突に先生がそう言った。

「笑ったら可愛いんだから」

「えっ」

どきりと心臓が跳ねた気がして、顔をあげる。先生はにこりと笑った。

もっとみる

ゆきだるまとけたら 4

放課後。誰もいなくなった教室で、のろのろと帰りの準備をしていると林君が入ってきた。

「あれ? かぐらちゃん居残りしてんの?」

「別に。というか、そのかぐらちゃんって呼ぶのなんで?」

特別仲がいいわけじゃないのに、林君は私のことを名前で呼ぶ。あまり男子とは話さないのに、林君だけはなんだかんだ、いつも声をかけてくる。

「え? 女子はみんなそう呼んでない?」

「女子はそうだけど」

他の男子か

もっとみる

ゆきだるまとけたら 3

彼……先生のところには先客がいた。同じクラスの林君だ。

「あっ。杉浦せんせーに用? 俺もう終わったから、どうぞ」

にこっと笑って職員室を出て行く。林君を見送って、私は先生に向き合った。

「ここが分からなくて」

小テストを貼り付けたノートを差し出すと、「ふぅん」と先生は覗き込んだ。

「なかなかいいところに気が付くじゃん」

にやりと笑われて、心臓がはねた。そうですよ、先生と話すために、どん

もっとみる

ゆきだるまとけたら 2

昼休みに入る前に、雪は溶けてしまった。教室の窓から見えるグラウンドは、もう砂一面になっていてところどころ水たまりになっている。

ゆきだるまもとけちゃったかな。

駐車場は教室からは見えなくて確認できなかったけど、きっと残ってはいないだろう。少し残念だった。何かしゃべるきっかけになるかなと思ったのに。

友達とお弁当を食べおわると、私はノートを持って立ち上がった。

「この前の小テスト、分からない

もっとみる

ゆきだるまとけたら 1

クラスメイトたちが雪合戦に興じるのを眺める。

大学受験をちょうど一年後に控えた冬。珍しく雪がつもった今日の一時間目は体育だった。本当なら持久走のはずだったのが、「せっかくだから雪遊びに変更」という教師の一声でみんな大はしゃぎして外に出た。

きゃあきゃあ声をあげるクラスメイトたちを見て、子どもっぽいなとあきれる。

持久走の方がまし。

そんなこと思うのは私だけかな。雪を投げては笑い合う同級生た

もっとみる