ゆきだるまとけたら 14(最終話)

ゆきだるまは、駐車場とグラウンドを仕切る塀の上にのせた。

「はーできたできた! 集中してたから腹へった」

林君はパンパンと手を払いながら言う。

「あ、私チョコ持ってる」

先生からもらったチョコレート。先生が新婚旅行でいない間、一日一粒ずつ食べようと決めて、今日の分は制服の胸ポケットに入れてきたんだった。

「どうぞ」

「お、サンキュー。あれ。これ、ゆきだるま?」

「……マトリョーシカじゃないかな」

へえ、とつぶやいて林君は包みをあける。中は一度とけたのか、いびつな形になっていた。

「あ、ごめん。とけちゃってるね」

私が受け取ろうと手をのばすと、林君は構わずぽいと口に投げ入れた。

「食べたら一緒だって。あー甘!」

先生からもらったゆきだるまみたいなチョコレート。私のせいでとけてしまって、変な形にかたまって。それが林君の口の中で、今度は本当にとけていく。

「あの。この前、ごめんね。アイスのとき、急に帰って」

「いーよ」

林君は少しの間考えこむように黙った。

「かぐらちゃん、俺は十年後ね、ゴルフなんて買わねーよ?」

「えっ?」

「もっといい車買うわ。って、車よく知らないけど」

ふっと笑いがもれる。林君なりに励ましてくれてるのかな。ゆきだるま作ったのも、それで?

林君のことはよく分からない。でも知ろうとしていなかったからかもしれない。

「ねぇ、今度またアイス行かない?」

「おー。じゃ、ゆきだるまアイス。おごるね」

林君はそっぽを向いて言った。いつもは正面からこっちがどぎまぎするようなことを冗談みたいに言うくせに。

「え、いいよ。別におごるとか、そこまで」

「ホワイトデーに行こう。バレンタインお返しってことで」

にっと笑う。その林君の顔を見ると、ちくりと心が痛んだ。クッキー一枚、しかも友達経由であげただけなのに。

「じゃ、じゃあ。そのとき私何かお菓子作ってくる!」

「お、楽しみにしてる!……そのころには」

林君は塀の上の、ゆきだるまをぽんぽんと触った。

「ゆきだるまとけてますよーに」

このゆきだるまは、きっと明日にはとけるだろう。林君が言っているのは、これのことじゃなくて、多分……。

「……その頃にはあったかくなってるから、少しはとけてるんじゃないかな。多分」

私もゆきだるまを触って、「ね?」とゆきだるまに向かって話しかけた。

きっと、とけてるよね。

ゆきだるまがとけたら。

それは、きたなくなってしまう残念なことではなくて。新しいなにかがはじまるサインなのかもしれない。そういう風に、今は思えた。

(了)

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