ゆきだるまとけたら 10
先生はチョコ食べてくれただろうか。ホワイトデーお返しもらえるかな。バレンタインのそわそわを引きずって数日。
朝のホームルームのために教室にやってきた先生は、なんだか様子が違った。嫌な予感がした。こんな勘が働いたのははじめてだけど、これだけ毎日見ている人だからわかる。
「今日はみんなに一つ報告があって」
少し緊張しているような顔。だめ、やめて、言わないで。聞きたくないのに、席を立つことも耳を塞ぐこともできなくて、ただ座っているしかできない。
「実は、結婚しました!」
ほらね。
教室が「おめでとう」とざわめく中で、少しも動くことができなかった。
先生が教室から出て行くと、杏奈と早帆が近くにやってきた。
やめてよ。私を笑いにきた? それともなぐさめにきた? どっちもごめんだよ。近寄る二人に気づかないふりをして、教室を出た。
空調のない廊下は冷えていて、教室は暖かすぎたことがわかる。今の私には、寒いくらいがちょうどよかった。廊下を歩く先生の背中が見える。
「先生」
小走りで追いついた。
「ああ」と短く言って先生は振り返り立ち止まった。
「先生、結婚したんだね」
「うん……。あのさ、バレンタインのときのことだけど。関口、もしかして本気だった?」
私は口ごもった。ああ、でも今言うしかないんだ。結果なんてわかり切っている。これ以上どうしようもない。だけど誤魔化してしまったら、私の気持ちはもうどこへもいけない。
「そうだよ、本気で先生が好きだよ」
言葉にしてしまうと、ふっと力が抜けた。教師に憧れるなんてよくある話で、それは本当の好きとは違うって、ネットにも書いてあった。友達にも言われた。だけど自分だけは違うって、この気持ちを大事に育ててきたのに。
こんな風に終わるんだ。
好きな人が結婚して失恋。相手に好きな人がいるとか、付き合っている人がいるのとは訳が違う。この先私と先生がどうにかなる確率はほぼなくて、それにかけることもできない。
これが、先生を、大人を好きになってしまった代償なのかな。
「そっかありがとな……。ちょっとついてきて」
先生は手招きして歩き出す。
なんだろう。失恋は確定だから、もういいんだけど。そう思いつつも、ついて行ってしまう。
先生を好きでいる限り私に選択肢はない。ただ、後を追いかけるだけ。街で車を無謀にも走って追いかけたみたいに。
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