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映画音楽紹介⑦『氷の微笑』危険な誘惑に、あなたは抗えるか。

映画音楽紹介⑦
『氷の微笑』から「メインテーマ」

こんにちは!
映画音楽をこよなく愛するペリーです。
今回は、悪魔のささやきに惑わされるような音楽をご紹介致します。

映画『氷の微笑』概要

シャロン・ストーン演じる魔性の女性作家¹

アイスピックによる殺人事件の容疑者として捜査線上に浮かんだ美しき女性作家。被害者は彼女が書いた本の通りに殺されていた。犯人を追う刑事の男は、次第に彼女の妖しい魅力のとりこになっていくが、やがて彼自身が殺人容疑をかけられてしまう。

© 1992 Google Inc.

映画『氷の微笑』(原題:BASIC INSTINCT)は、1992年公開のアメリカ映画。
ネオ・ノワール/エロティック・スリラー映画として大ヒットを記録した。
監督:ポール・バーホーベン
主要キャスト:シャロン・ストーン、マイケル・ダグラス
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
⚠️ 本編中過激な性描写を含むため、未成年の方は視聴をお控えください。

作曲家 ジェリー・ゴールドスミス

1929年生まれ、2004年没。享年75歳。
『エイリアン』、『スター・トレック』、『猿の惑星』等SF作品から、
『オーメン』、『ポルターガイスト』等ホラー映画まで幅広く手掛けた。
オーケストラを基調にしながらも、シンセサイザーを多く取り入れ、両者の調和を目指すサウンドがゴールドスミスのスタイルである。
また、日常品を用いて効果的な音を得る等前衛的な姿勢も見受けられる。
映画以外でも音楽を手掛けていて、
東京ディズニーシーのアトラクション「ソアリン:ファンタスティック・フライト」のライドスルー音楽原曲はゴールドスミスの作品である。

ジェリー・ゴールドスミス²

「メインテーマ」音楽紹介

映画冒頭を飾るメインテーマは、ひと言で表すと”禁断の果実”であろう。
手にすべきではないと知りながら、心を奪われてしまう。
変に暗すぎず、美しすぎることもなく、絶妙である。
まさに劇中シャロン・ストーンの色気と狂気を見事に表現している点が素晴らしく良い。
極めて’感覚的’な音楽で、作品に没入するには完璧な楽曲だ。

感想を述べるだけでは物足りないので、
少し楽曲の細部も覗いていこう。

本曲の動機と伴奏を以下譜例に挙げた。他の装飾音は都合上省いている。
動機の旋律はクラリネットとヴァイオリン、そしてシンセサイザーが奏でていて、曲が進むにつれてフルートやオーボエも参加するようになる。伴奏は主にハープの分散和音と低音弦楽のピッツィカートである。

まず、譜例上部にある旋律の動きに注目してみよう。序盤は半音階的に少しずつ下降しているのが見て取れるだろう。しかし、直後大きく7度跳躍下降する。なだらかな坂と見せかけて突き落とすような動きは音楽を劇的にしている。
聴く者の耳に印象が残りやすいような旋律が施されているのだ。
それと同時に、ミステリー/サスペンス映画ということもあって、「これから物語は衝撃的な展開を迎えますよ。」と暗示しているかのようにも思える。

次に旋律の流れを見ると、動機の前半はクラリネットとシンセサイザー、後半はヴァイオリンと担当する楽器が異なっているのが分かるだろう。まるで、クラリネットとシンセの呼びかけにヴァイオリンが応じているかのような構図を取っている。

譜例:動機と伴奏³

この呼応の関係は、危うさと抗い難い誘惑が交互に襲ってくる感覚だ。
動機前半部分は上記の通り音の落差が激しく、さらにフォルテの強さで強調されていて、どうも身構えてしまうような物騒さがある。クラリネットの曇りのある音にさらにシンセサイザーでエコーをかけていて、不自然な響きと余韻が不気味さを助長している。
動機後半を担うヴァイオリンは、弱音器を付けての演奏になっている(コン・ソルディーノ)。弱音器付きの音色は、通常のヴァイオリンと比べて籠った響きを持つ。この独特の響きが、神秘的でいて官能的、妖艶な美しさを醸している。ヴァイオリン特有の優雅で伸びのある音も相まって甘い調べが奏でられるが、暗い和音上の旋律であることから、その美しさは甘い罠が仕掛けられているような怪しさに凶変する。まるで裏の顔を見せられた時のような衝撃だ。

譜例下部2段に構える伴奏の方も見てみよう。
譜例中伴奏が奏でる和音はどちらも短和音で暗く重たい雰囲気を帯びている。3和音の和声音のみ用いていて、直接的に暗さが伝わってくる。
特に、バスは暗い音をピッツィカートで鳴り響かせ、妖艶な旋律に影を落とし、サスペンス要素を強めている。
和声進行も見逃せない。DからF#へ3度上行する暗い和声進行は、奇怪なオーラを帯びて不思議な浮遊感を持っている。


「メインテーマ」を含む『氷の微笑』の音楽は、
アカデミー賞、ゴールデングローブ賞ノミネートを果たした。
ジェリー・ゴールドスミスの手掛けた映画音楽の中でも、代表作の1つとして認知されている。
本曲の全体を通して革新的だった点は、ゴールドスミス特有の楽曲スタイルにある。フィルム・ノワール作品では蒸し暑いJAZZで表現されることが多かったことに対し、本作はシンセサイザーを用いた新たな表現方法に挑んでいるという観点で先駆的であった。

以上、人間という欲に振り回される脆い存在を聴く者に突き付けるかのような作品。
好き嫌いでは括れない技巧と魅力が映画音楽には詰まっている。

必ずしも、音楽は人々を癒し楽しませることだけが仕事ではない。
人々をぞっとさせ不安を駆り立てるような音楽も、人間の”生”を感じるうえで必要不可欠である。

後書

最後まで読んでいただき誠にありがとうございました🌟

今回は映画『氷の微笑』から「メインテーマ」について取り上げました。
『氷の微笑』劇中には他にも刺激的な音楽に溢れていますので、今後また紹介したいと思います。
成人の方は、役者の演技と音楽に注目しながら是非映画本編も鑑賞してみてください!

これからもたくさん珠玉の映画音楽を紹介していきます。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します🙇

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脚注
¹ "Cinema Smoking" by Nicholas R. Andrew is marked with CC PDM 1.0. To view the terms, visit https://creativecommons.org/publicdomain/mark/1.0/?ref=openverse
² "File:Jerry Goldsmith 2.jpg" by fuxoft is marked with CC BY-SA 2.0. To view the terms, visit https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/?ref=openverse
³ JERRY GOLDSMITH’S “BASIC INSTINCT” FULL ORCHESTRAL SCORE(Omni Music Publishing)参照 muse scoreにて一部編集。
参考文献
・映画『氷の微笑』ポール・バーホーベン監督 1992年
・映画『素晴らしき映画音楽たち』マット・シュレーダー監督 2016年
・“Main Theme (Theme from Basic Instinct)”, Jerry Goldsmith, ℗ Quartet Records under exclusive license from Studio Canal, https://youtu.be/V8yRt66hIcY
・Jerry Goldsmith Online Basic Instinct, 2008, http://www.jerrygoldsmithonline.com/basic_instinct_review.htm
・Mauricio Dupuis, Jerry Goldsmith - Music Scoring for American Movies (2014), p.53-p.55
・伊福部昭(2008)『完本 管弦楽法』音楽之友社
・BASIC INSTINCT (1992) | 1M3 - MAIN TITLE (SCORE ANALYSIS & REDUCTION), Jake R. Sanderson - Film Composer, https://youtu.be/dpw2AGh69UI
・JERRY GOLDSMITH ON SCORING BASIC INSTINCT-Soundtrack, A Conversation with Jerry Goldsmith by Daniel Schweiger, https://cnmsarchive.wordpress.com/2013/06/25/jerry-goldsmith-on-scoring-basic-instinct/
・Filmtracks: Basic Instinct (Jerry Goldsmith), Christian Clemmensen,  https://www.filmtracks.com/titles/basic_instinct.html
・BASIC INSTINCT – Jerry Goldsmith|MOVIE MUSIC UK, Jonathan Broxton, https://moviemusicuk.us/2022/04/07/basic-instinct-jerry-goldsmith/#comments

© 2022 ぺりー 🎼𝐅𝐢𝐥𝐦 𝐒𝐜𝐨𝐫𝐞 𝐑𝐞𝐯𝐢𝐞𝐰𝐬📔 

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