見出し画像

セリーヌ・シアマ『秘密の森の、その向こう』一つの家二つの時間、小さなお母さんと私

超絶大傑作!2021年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。今年のベルリン映画祭コンペは例年と少々異なり、中々レベルの高い布陣だった。カンヌ常連の濱口竜介とセリーヌ・シアマのおおよそカンヌっぽくない作品を呼び、ホン・サンスやフリーガウフ・ベネデク、ラドゥ・ジュデといった常連も呼び、開催国枠としてもクオリティを維持できている作品を呼んでいる。審査員も過去金熊受賞者で固めたことで、半分が東欧の監督で占められ、西欧の監督はジャンフランコ・ロージ一人だけだった。俳優賞も性別ではなく主演と助演に授与されることとなり、最初となる今年は両方女性が受賞することとなった。コロナという状況の中で、友達の接待に徹したカンヌとは雲泥の差とも言える試みで、是非とも今後も継続していってほしい。本作品はシアマのキャリアの中で最も短い長編作品であり、8歳の少女ネリーを描いていることから、久々に初期作品に戻ったとも言われている。

冒頭、ネリーは病室にいる老婆たちに別れを告げて回っている。そして、行脚の最後の部屋では片付けをしている母親マリオンがいる。大好きだった祖母が亡くなってしまったのだ。一家は病室を引き払い、その足でマリオンの生家を片付けに向かうが、あまりにも辛い思い出が積み重なった生家の重みに耐えきれず、マリオンはネリーに何も告げずに出ていってしまう。そんな矢先、裏山の森の中で、母と同じ名前を持つ少女と出会う。実際に、彼女は少女時代の母親であり、招待されたマリオンの家には若い頃の祖母も生きていた。

ネリーと少女マリオンは双子姉妹が演じているため、二人がパンケーキを作ってるシーンや小屋を作ってるシーンの無邪気な戯れは実にリアルで、自分が親になったかのような気分で目を細めて観ていた。本作品はシアマ版『思い出のマーニー』と言われているが、マリオン母/マリオンとネリー母/ネリーという関係性が直列になったり並列になったりする物語と、服や髪型以外で判別が付かない双子の持つ同義性によって、過去と現在がシームレスに接続され、ネリーと少女マリオンが自身の不安と希望を双方の中に見出していくのは、マーニーよりもアクロバティックだろう。基本的に別々の家として描かれる祖母の家をマジカルに飛び越える瞬間と電気を消した瞬間にカットが切り替わる瞬間がひたすらに良い。

・作品データ

原題:Petite Maman
上映時間:72分
監督:Céline Sciamma
製作:2021年(フランス)

・評価:100点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1. ラドゥ・ジュデ『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』コロナ、歴史、男女、教育
2. ベタシュ・サナイハ&マリヤム・モガッダム『白い牛のバラッド』これも全て"神のご意思"か
3. アロンソ・ルイスパラシオス『コップ・ムービー』メキシコシティの警察官についての物語
4. グザヴィエ・ボーヴォワ『Drift Away』刑事、アルバトロス号で己と向き合う
5. ドミニク・グラフ『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』戦間期ドイツを文化的側面から観察してみた
6. フリーガウフ・ベネデク『Forest: I See You Everywhere』明けない夜、変えられない出来事
7. マリア・シュラーダー『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』ガール・ミーツ・アンドロイドボーイ
8. ホン・サンス『イントロダクション』ヨンホとジュウォンのある瞬間
9. ジョアナ・ハジトゥーマ&カリル・ジョレイジュ『メモリー・ボックス』レバノンと母娘を結ぶタイムカプセル
10. マリア・シュペト『Mr. Bachmann and His Class』ぼくたちのバッハマン先生
11. ナジ・デーネシュ『Natural Light』ハンガリー、衝突なき行軍のもたらす静かな暴力性
12. ダニエル・ブリュール『Next Door』ベルリン、バーで出会ったメフィストフェレス
13. セリーヌ・シアマ『秘密の森の、その向こう』一つの家二つの時間、小さなお母さんと私
14. アレクサンドレ・コベリゼ『見上げた空に何が見える?』ジョージア、目を開けて観る夢とエニェディ的奇跡
15. 濱口竜介『偶然と想像』偶然の先の想像を選び取ること

★エンカウンターズ部門選出作品
1. Samaher Alqadi『As I Want』エジプト、"Cairo 678"の裏側
2. Andreas Fontana『Azor』レネ・キーズはどこへ消えた?
4. ユリアン・ラードルマイヤー『Bloodsuckers』もし資本主義者が本当に吸血鬼だったら
6. Silvan & Ramon Zürcher『The Girl and the Spider』深い断絶と視線の連なり
7. Jacqueline Lentzou『Moon, 66 Questions』ギリシャ、女教皇と力と世界
8. ファーン・シルヴァ『ロック・ボトム・ライザー』ハワイ、天文台を巡るエッセイ
9. ダーシャ・ネクラソワ『The Scary of Sixty-First』ラストナイト・イン・ニューヨーク
10. ドゥニ・コテ『Social Hygiene』三密を避けた屋外舞台劇
11. Lê Bảo『Taste』原始的で無機質なユートピアの創造
12. アリス・ディオップ『We』私たちの記録、私たちの記憶

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!