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ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)

ハンガリー映画といえばネメシュ・ラースロー『サンセット』が公開され、エニェディ・イルディコ『私の20世紀』やタル・ベーラ『サタンタンゴ』がリバイバル上映される今年は正にハンガリー映画イヤーと言えるかもしれない。

今回は、長い戦後の混迷期を経て、遂に到来したハンガリー映画の黄金時代についてご紹介。分量が多すぎるので、分割してお届けします!(一つの記事にまとめると単に読みにくくなるので)

・BBSの監督たち

この"変化の時代"の世代はBalázs Béla Studio (BBS)で自身の能力を研鑽することが出来た。1959年に設立されたBBSは今日の欧州で考えてみても、非常にユニークな施設だった。新人の監督たちが短編の映画を実際に撮って上映することが出来たのだ。広範囲に及んで上映されることはないものの、才能を証明するには十分すぎる環境だろう。1963年以降、職業監督として国内外問わず成功を収めたBBS出身の監督たちは数多くいた。映画のテーマそのものは似通っているものの、その表現技法は革命的に新しいものであった。物語は内省的で、若い世代の主人公が過去や伝統に直面するような話が多かった。代表作は以下のような監督の作品がある。

Gaál István監督作品
『Sodrásban (Current)』(1963)
『Zöldár (Green Years)』(1965)
『Keresztelő (Baptism)』(1967)

サボー・イシュトヴァン監督作品
『Álmodozások kora (The Age of Illusion)』(1964)
『Apa (Father)』(1966)
Szerelmesfilm (Lovefilm)(1970)

Kardos Ferenc&Rózsa János『Gyerekbetegségek (Grimace)』(1965)
シャンドール・パル『Bohóc a falon (Clowns on the Wall)』(1967)
コーシャ・フェレンツ『一万の太陽 (Tízezer nap /Ten Thousand Days)』(1965)
Zolnay Pál『...Hogy szaladnak a fák! (The Sack)』(1967)
シャーラ・シャンドール『Földobott kő (The Upthrown Stone)』(1968)
Gábor Pál『Tiltott terület (Forbidden Ground)』(1968)
Elek Judit『Sziget a szárazföldön (The Lady from Constantinaple)』(1969)
Kézdi-Kovács Zsolt『Mérsékelt égöv (Temperate Zone)』(1970)

・ハンガリアン・ニューウェーブ!

スタイルがガラッと変わったこの時代の幕開けは、アントニオーニとは違った手法で長回しを実験的に取り入れたヤンチョー・ミクローシュの『Oldás és kötés (Cantata)』(1963)だった。そして、他の監督たちも次々と作品を発表し、海外の人々が"ハンガリー映画"と口にするまでになったのだ。

★ヤンチョー・ミクローシュ

ヤンチョー・ミクローシュの『密告の砦 (Szegénylegények / The Round-Up)』が撮られた1965年は、ハンガリー映画にとって飛躍の年となった。物語は実際の出来事(1848年のハンガリー革命に参加した農民)をベースに作られており、個人の自主性を圧制的権力がいかに踏みにじるかを示した模範的作品となった。この映画の特異な映像世界は映画史的にみても非常にユニークであり、それも成功に繋がったと言えるだろう。水平に動くカメラが、互いに別の方向に動く人間の動きと結びつき、依存性と無力さを提示する非常に注意深く演出された長回しをロングショットで切り取ったこのスタイルは、国内外で多くの議論の的となった。その後20年ほどのハンガリー映画を刺激的なものとした、彼が隠したシンボリックな"主張"は、検閲もスルリと抜けて、世界にハンガリー人の"善意"を証明したようでもあった。また、ヤンチョーの用いたこのような思想の抽象的な提示方法は後年の彼の作品でもしばしば繰り返された。本作品はカンヌ国際映画祭で激賞され、後年の『Még kér a nép (Red Psalm)』(1971)でも同様な称賛を受けた。

★サボー・イシュトヴァン

サボー・イシュトヴァンはニューウェーブの代表格だったと言えるだろう。彼のスタイルは詩的でかつ告白的でもあり、フラッシュバックを用いた情熱的な構成で、フランスのカメラ万年筆理論を追随するようだった。彼の初期の作品、例えば『Álmodozások kora (The Age of Day-Dreaming)』(1964)では、同世代の若者が共有してた幻想を真っ向から描いていた。また、次の作品『Apa (Father)』(1966)では"父性神話"の欺瞞を突きつけ、Szerelmesfilm (Lovefilm)(1970)では初恋の幻想を描いていた。彼はこれらの作品で中欧社会主義国家の英雄的なマントを剥ぎ取り、分析的で哲学的な観点から誇張も装飾もされないオリジナルの"遺産"を、個人の生活に歴史が暴力的に侵食した出来事(アウシュヴィッツ、ユダヤ人問題、ハンガリー動乱、移民問題、共産主義の原理と現実の乖離)として白日の下にさらけ出した。

★Gaál István

Gaál Istvánは撮影監督としてキャリアを始め、監督としては短編ドキュメンタリー映画『Cigdnyok (Gypsies)』(1962)からニューウェーブに加わった。そして、初の長編映画『Sodrásban (Current)』(1963)はハンガリー映画復活の象徴となった。恐らく題名も関係しているのかもしれない。この映画は個人とコミュニティの関係や個人責任についての映画であり、伝統と近代化についても珍しい手法で語った映画でもあった。アントニオーニに影響された長回しを音楽のように再構成したのだ。更に、彼は風景やミリューをまるで無機物に人間を説くような方法で語る独特な表現技法も用いていた。次の『Zöldár (Green Years)』(1965)では50年代の大学学生寮が舞台になった作品であり、その次の『Keresztelő (Baptism)』(1967)では現代から過去を見つめ直す作品だった。Gaál Istvánは歴史的な観点から同世代の倫理的決断を考察したのだ。

★コーシャ・フェレンツ

詩人のCsoóri Sándorと共に作品の脚本を書いていたコーシャ・フェレンツの『Tízezer nap (Ten Thousand Days)』(1965)はハンガリー映画界引いては世界の映画界にとてつもない衝撃を与えた。ある村の30年以上に及ぶ歴史をメタファーに満ちた語り口で綴り、詩的映像美をバラードのような年代記として映し出した傑作であり、1967年の第20回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。彼の作品の特徴はワイドショットだけで人々の苦しみを描写した映像によって時間を超越した感覚を植え付けることだった。

★シャーラ・シャンドール

Gaál Istvánとコーシャ・フェレンツの友人であり同僚であり彼らの作品に撮影監督として参加したシャーラ・シャンドールも自身の作品で似たような題材に取り組んだ。『Feldobott kö (The Upthrown Stone)』(1969)である。小さな村で生まれた映画監督の人生を投影した作品でありながら、道徳責任や如何にそれに固執するかなど様々なテーマを、個人の権力に対しての闘争を芸術が支援しうるという信条に基づいて、並行して考察している。


ハンガリー映画史⑪-C につづく

※ハンガリー映画史これまで

ハンガリー映画史① 黎明期(1896~1910)
ハンガリー映画史② 繁栄の時代(1910~1919)
ハンガリー映画史③ 戦間前期 来なかった黄金時代(1919~1925)
ハンガリー映画史④ 戦間中期 復活の兆し(1925~1932)
ハンガリー映画史⑤ 戦間後期 コメディ黄金時代(1932~1939)
ハンガリー映画史⑥ 第二次大戦期 メロドラマの時代(1939~1945)
ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)
ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)
ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)
ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期(1956~1963)
ハンガリー映画史⑪-A ハンガリー映画黄金時代 社会批判、リアリズム、歴史の分析(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)
ハンガリー映画史⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-B 新たな道を探して ドキュメンタリーとフィクション(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-C 新たな道を探して ドキュメンタリー、風刺、実験映画(1970~1978)
ハンガリー映画史⑬-A 二度目の黄金時代へ 芸術的な大衆映画(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-B 二度目の黄金時代へ 80年代のドキュメンタリー(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-C 二度目の黄金時代へ 格差の拡大と映画の発展(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-D 二度目の黄金時代へ 新たな語り口とその様式化(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)
ハンガリー映画史⑭ そして現代へ (1990~)

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