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ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)

ハンガリー映画といえばネメシュ・ラースロー『サンセット』が公開され、エニェディ・イルディコ『私の20世紀』やタル・ベーラ『サタンタンゴ』がリバイバル上映される今年は正にハンガリー映画イヤーと言えるかもしれない。

新たな道を模索したハンガリー映画界はドキュメンタリーという分野から多くの手法を吸収することで、新たな黄金時代を築き始めた。今回は共産主義政権が崩壊する前夜にもう一度花開いたハンガリー映画二度目の黄金時代についてご紹介!例の如く長くなってしまうので分割してお届け!遂にエニェディ・イルディコー登場!

・人間を見つめ直す

流行の走りとなったBódy Gáborの『Kutya éji dala (Dog's Night Song)』(1983)は、今日の基準で見ても非常に力強い作品だ。というのも、他人が求めるものとは違う何かを互いに求めるという、人間関係の見えない脅威を提示したのだ。彼らは勇気をかき集めて身を引き、それでも何度でも前に進もうとするのだ。ちょうど映画の冒頭に出てくる、丘を転がって不安定な場所に引っかかりつつ転がり続けるボールのように。同作において、わびしい山の寒村で展開する物語は、どれも予想とは違う方向へ飛んでいく。この世界は説明できない、不可解なものであり、まやかしのようでありながら現実にもなりうる。そして、奇妙に絡み合う偽牧師、天文学者、砲兵隊兵士とその妻、前市長の物語の中に、予想もできないギャグや悲劇が内包されているのだ。Xantus Jánosは『Eszkimó asszony fázik (Eskimo Woman Feels Cold)』(1983)で、聾唖のトリマー、成功したピアノ奏者、ポップスターになりたい女性シンガーの奇妙な三角関係を新たな語り口で綴った。彼のようにBódy Gáborの足跡を追った監督として、Kamondi Zoltán、Sőth Sándor、Togay Can、Monori M. Andrásなどがいたが、彼ら全てが映画で世界を変えたり救ったり、引いては理解することさえ出来ないと考えていた。しかし、それでも彼らは感情的な、もっと言えばロマンチックなやり方で人間を映画にしようとしていた。例えば、
・安楽椅子に座った老人が月を見ている
→Togay Can『A nyaraló (The Summer Guest)』(1991)
・他人の生活スタイルを認めて尊敬する
→Sőth Sándor『A szárnyas ügynök (Peter in Wunderland)』(1987)
・気象学者が自分のパソコンやエロい助手との関係を見つめ直す
→Monori M. András『Meteo』(1989)
・どこか不思議で奇妙な秘書イローナの使命と犠牲
→Kamondi Zoltán『Halálutak és angyalok (Paths of Death and Angels)』(1991)
などがある。

★エニェディ・イルディコー

エニェディ・イルディコー(Enyedi Ildikó)の初長編作品『私の20世紀 (Az én XX. századom / My 20th Century)』(1989)は私的な目線で語った集団意識の物語である。エニェディは同作で、溢れんばかりの恋愛感情、世界とそこに生きる生物、そしてそれらすべての物が宇宙空間にまで拡張され、ミクロ的にもマクロ的にも同時に存在することを提示した。19世紀末のアメリカで電気パレードが開かれた冒頭のシーンから、20世紀におけるトラジコメディ版"人間性の終焉"を提示した作品であることは明白だ。科学的な実験、フェミニズム、テロリズム、サフラジェット、コケット、電気、"活動写真"の奇跡、これら全てが20世紀をカラフルで希望的なものにしてくれたのだ。映画の終わりになって、エジソンが有名な電信実験で"世界は美しい"という文言を送る。現代の人間でもそれを"新しいもの"として再発見できる。続く長編二作目『Bűvös vadász (Magic Hunter)』(1994)は複雑な構成をしているミステリーだ。同作は、悪魔的な行いに対する唯一の特効薬は"純粋な心と愛だ"と問いている。また、長編三作目『Simon Mágus (Magician Simon)』(1999)では、パリで発生した殺人事件をハンガリー人魔術師が捜査するという物語から、内的調和と愛の力を提示した作品になっている。

・80年代の俳優と女優

Cserhalmi György、アンドライ・ペーテル(Andorai Péter)、Eperjes Károly、Garas Dezsőといった、80年代の著名な俳優たちは同時代の作品に数多く出演している。そして、この中にLukáts AndorやSzékely B. Miklósといった新顔も加わり始める。90年代に入っても彼らの活躍はめざましく、マテ・ガボール(Máté Gábor)やKoltai Róbertといった新人もそこに加わる。他にもデルジ・ヤーノシュ(Derzsi János)、Ujlaki Dénes、Rudolf Péterや作曲家チェ・タマーシュ(Cseh Tamás)といった個性的な俳優も活躍した。また、ポーランド人俳優ヤン・ノヴィツキやユーゴスラビア出身のセルビア人俳優Đoko Rosićなどもハンガリー映画界で多くの役を演じた。また、女優ではEsztergályos Cecília、Udvaros Dorottya、Bánsági Ildikó、Eszenyi Enikőなどが80年代を通して長く活動を続けた女優だった。

・80年代の撮影監督たち

撮影監督も80年代に入ると、コルタイ・ラヨシュ(Koltai Lajos)やラガリイ・エレメール(Ragályi Elemér)、Kende Jánosなどの新世代が登場する。マテ・ティボール(Máthé Tibor)は画面構成と絵画的な画を作る達人であり、カルドシュ・シャーンドル(Kardos Sándor)はハンディカムと光や色彩の特異な効果を作り出す職人であり、タル・ベーラとよく組んでいたMedvigy Gáborは監督のスタイルを構築した長回しの撮影を担当した。また、彼らの弟子たち、繊細なタッチが得意なGózon Francisco、科学的な緻密さを画面の中に取り込んだKlöpfler Tiborなども世界的に認知され始めた時期でもあった。彼らのプロ意識によって、90年代に入ったハンガリー映画界も一定の影響力を持ち続けることが出来た。


ハンガリー映画史⑭ につづく

※ハンガリー映画史これまで

ハンガリー映画史① 黎明期(1896~1910)
ハンガリー映画史② 繁栄の時代(1910~1919)
ハンガリー映画史③ 戦間前期 来なかった黄金時代(1919~1925)
ハンガリー映画史④ 戦間中期 復活の兆し(1925~1932)
ハンガリー映画史⑤ 戦間後期 コメディ黄金時代(1932~1939)
ハンガリー映画史⑥ 第二次大戦期 メロドラマの時代(1939~1945)
ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)
ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)
ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)
ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期(1956~1963)
ハンガリー映画史⑪-A ハンガリー映画黄金時代 社会批判、リアリズム、歴史の分析(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)
ハンガリー映画史⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-B 新たな道を探して ドキュメンタリーとフィクション(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-C 新たな道を探して ドキュメンタリー、風刺、実験映画(1970~1978)
ハンガリー映画史⑬-A 二度目の黄金時代へ 芸術的な大衆映画(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-B 二度目の黄金時代へ 80年代のドキュメンタリー(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-C 二度目の黄金時代へ 格差の拡大と映画の発展(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-D 二度目の黄金時代へ 新たな語り口とその様式化(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)
ハンガリー映画史⑭ そして現代へ (1990~)

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