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エミリー・アテフ『密会 少女と馬飼いの男』ドイツ、おじさんに恋する少女の物語

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ダニエラ・クリエンによる同名小説の映画化作品。1990年夏、東ドイツの農村で暮らすマリアは写真家志望の恋人ヨハネスの家に居候していた。母親の勤めていた工場が東西統合によって閉鎖されてしまい、仕事にあぶれた母親は別れた夫の実家に居候していたからだ。そんな彼女は学校をサボっては昼間からドストエフスキーを読んで、ヨハネスの実家のブレンデル農場を手伝って過ごしている。ある日、近隣に暮らす独り身の農夫ヘンナーとばったり出くわし、その魅力に呑み込まれていく。西側に亡命していたヨハネスの伯父が帰省するという一連のエピソードで極めて居心地悪そうにしていたこと、一切父親が登場しないことを含めて考えるとミクロ視点では父親的存在の希求、マクロ視点では共同体崩壊後のアイデンティティの彷徨いといったテーマか。ヨハネスは流入する西欧文化に適応し、都会で芸術を学びたいという夢を掲げるが、マリアにはそんな夢もなく、過去をズルズルと引きずっている。そういう意味でも、無骨で年上のヘンナーは魅力的なのだろう。とはいえ、敢えて選択したであろうヘンナーとマリアの強い性愛描写の相対的比重が大きくなりすぎていて、三角関係や歴史的背景が霞んでしまっているようにも見えるのが惜しいところ。それも、民主主義移行への過渡期と絡めた、唐突に始まったまま全てが途中の中間状態という当時の空気感を再現しているのかもしれないが、それにしてはヘンナーを求める気持ちが記号的存在とチンポという両極(中間のなさ)なので笑えてくる。題名"いつか全てを語る日が来る"はこの当時読んでいた『カラマーゾフの兄弟』の一節らしいが、それは流石にずっと心のなかに閉まっとけと思うなど。

・作品データ

原題:Irgendwann werden wir uns alles erzählen
上映時間:129分
監督:Emily Atef
製作:2023年(ドイツ)

・評価:50点

・ベルリン映画祭2023 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン『ミツバチと私』スペイン、ルチアとその家族について
2 . クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!
3 . リウ・ジエン『アートカレッジ1994』中国、芸術と未来に惑う青年たちの肖像
4 . João Canijo『Bad Living』ポルトガル、愛が彷徨う迷宮ホテルで
5 . マット・ジョンソン『ブラックベリー』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語
6 . Giacomo Abbruzzese『Disco Boy』正面から"美しき仕事"をパクってみた
8 . アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々
9 . ジョン・トレンゴーブ『Manodrome』インセル集会に出てみたら…
10 . アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア
12 . セリーヌ・ソン『パスト ライブス / 再会』輪廻転生の恋と現世の恋
13 . フィリップ・ガレル『ある人形使い一家の肖像』ガレル家子供世代の将来は如何に
14 . チャン・リュル『白塔の光』中国、心の中の"影なき塔"
15 . エミリー・アテフ『密会 少女と馬飼いの男』ドイツ、おじさんに恋する少女の物語
16 . ロルフ・デ・ヒーア『サバイバル』植民地主義と人種差別への諦めと絶望
17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
18 . クリストフ・ホーホホイスラー『Till the End of the Night』トランスフォビア刑事、トランス女性と潜入捜査する
19 . リラ・アヴィレス『Tótem』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . ウー・ラン『雪雲』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
7 . バス・ドゥヴォス『Here』ベルギー、世界と出会い直す魔法
9 . ホン・サンス『水の中で』ほぼ全編ピンボケ映画
12 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
13 . ロイス・パティーニョ『サムサラ』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . Szabó Sarolta&Bánóczki Tibor『White Plastic Sky』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で

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