見出し画像

トラン・アン・ユン『ポトフ 美食家と料理人』料理は対話、料理は映画

大傑作。2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞フランス代表。トラン・アン・ユン長編七作目。ライトフィルム様よりご厚意で試写にて鑑賞。本作品の主人公である美食家ドダンはマルセル・ルーフによる小説「The Passionate Epicure」の主人公を原案としている。モデルは「美味礼讃」を書いたジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランである他、作中ではウィーン会議でフランス料理を振る舞って欧州にフランス料理を広めたカレーム、レストラン経営やレシピ集の出版を通してフランス料理の大衆化に貢献したエスコフィエの名前が登場しており、フランス料理や美食文化の過渡期に自らの道を手探りで探求していった時代の空気感を感じられる。冒頭からフルスロットルで料理を作りまくっているのだが、ドダンが朝起きてきたら既にウージェニーが二人の助手と料理を作り始めていて、朝御飯を作ったと思ったらドダンが開く食事会の準備が始まっていて、結局夕方までずっと作り続けることになる。最初は食事会のことが明示されないので、手段と目的が入れ替わったヤバい人たちなのかと思ってしまった。8時間ぶっ通しで三部構成のディナー食ってる等々、事実としてヤバい人たちではあるのだが、この"四六時中食ってる"という時間感覚のなさは映画全体にも波及していて、勝手口がずっと開いてるキッチンが基本の舞台というのも相まって、太陽の位置くらいしか時間を判断する手段がない。これはドダンやウージェニーの"人生の夏/秋"という言葉と呼応しているのだろう。どっちか分からん、でも冬ではないというそれぞれが持つ感覚を視覚化している。

また、特に序盤の調理風景では、私のような料理初心者が最初に躓く"工程管理"が徹底されていて(プロなんで当たり前なんだが)、こっちの鍋を覗いてオーブンから肉を出してこっちではザリガニを剥いて…と同時進行で別々の料理が完成していく。撮影もまた丁寧に組まれていて、調理工程を美味しそうに撮りながら、長回しで人物がカメラがどこからどこへ動くのかというのもカッチリ管理されていた。まるで料理そのものだ。案外、映画製作も料理に似ているのかもしれない。あと、料理の数だけ食材があって調理器具があるのだなと改めて思った。舌平目用にしか見えない四角い鍋とか、まぁ四角いだけだから他の用途にも使えるんだろうけど、サイズがあまりにもピッタリだったので最早笑えるレベルだった。

本作品において、料理は対話の一種として位置付けられている。そのため、作る人食べる人という関係は固定化せず、二人は料理を作り続ける。冒頭で二人がセッションを奏でるように料理しているシーンから既に、二人が言語を超えた相互理解の中にあることが分かる(『歌うつぐみがおりました』で主人公がポリフォニーにスルッと合流するシーンを思い出した)。その空間には勝手口から差し込んだ暖かな光が満ちていて、二人の関係性を可視化している。そしてそれは天賦の才を持つ少女ポーリーヌとの関係性にも違和感なく転写される。とても心地よい映画だ。やはり、映画は料理と一緒なんだろう。

・作品データ

原題:La passion de Dodin Bouffant
上映時間:145分
監督:Tran Anh Hung
製作:2023年(フランス, ベルギー)

・評価:90点

・カンヌ映画祭2023 その他の作品

1 . ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『About Dry Grasses』トルコ、幼稚過ぎるカス男の一年
2 . ジュスティーヌ・トリエ『落下の解剖学』転落に至るまでの結婚生活を解剖する
3 . ウェス・アンダーソン『アステロイド・シティ』"ウェスっぽさ"の自縄自縛?
4 . Ramata-Toulaye Sy『Banel & Adama』セネガル、村の規範との戦い…?
6 . ナンニ・モレッティ『A Brighter Tomorrow』自虐という体で若者に説教したいだけのモレッティ
7 . ジェシカ・ハウスナー『Club Zero』風刺というフォーマットで遊びたいだけでは
8 . アキ・カウリスマキ『枯れ葉』ある男女の偶然の出会いと偶然の別れ
10 . カウテール・ベン・ハニア『Four Daughters』チュニジア、ある母親と四人姉妹の物語
12 . マルコ・ベロッキオ『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』イタリア、エドガルド・モルターラ誘拐事件の一部始終
13 . アリーチェ・ロルヴァケル『La Chimera』あるエトルリア人の見た夢
14 . カトリーヌ・ブレイヤ『Last Summer』ブレイヤ流"罪と女王"
15 . トッド・ヘインズ『May December』不健康な年齢差恋愛のその後
16 . 是枝裕和『怪物』"誰でも手に入るものを幸せという"
17 . ケン・ローチ『The Old Oak』"チャリティではなく連帯"という答え
18 . ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』これが"Old meets New"ってか?やかましいわ!
19 . トラン・アン・ユン『ポトフ 美食家と料理人』料理は対話、料理は映画
20 . ワン・ビン『青春』中国、縫製工場の若者たちの生活
21 . ジョナサン・グレイザー『関心領域』アウシュヴィッツの隣で暮らす一家の日常

この記事が参加している募集

映画感想文

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!