見出し画像

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『About Dry Grasses』トルコ、幼稚過ぎるカス男の一年

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞トルコ代表。ヌリ・ビルゲ・ジェイラン長編九作目。アナトリアの僻地にある学校で美術教師として働くサメットは、なんもない土地にイライラしながら、同僚のケナンとルームシェアして暮らしている。お気に入りの優等生セヴィムに都会で買ってきたコンパクトをあげる等のガチヤバ教師だが、彼以外の登場人物も大概パチキレてるので珍獣博覧会の様相を呈しており、最早笑えてくるレベル。セヴィムが書いた恐らく他人宛のラブレターで機嫌を損ねたサメットが、生徒を相手に当たり散らしてご満悦なシーンなんか実に滑稽。サメットは兎に角この土地が嫌いなので、大体のことは土地のせいにしていて、生徒たちにも"お前らは金持ちのために野菜育てるだけの人生なんだから芸術なんて理解しても無駄"とか言ってたし、田舎に住むケナンの両親についても"牛の世話と息子の結婚くらいしか関心事がないだろ"とか暴言を吐きまくってる。否定する事実が出てきても、その偏見は留まるところを知らない。

もう一つの軸として、別の学校に勤める英語教師ヌライとケナンとの三角関係がある。セヴィムが自分の物じゃないと知って機嫌を損ねたのと同様に、狙っていたヌライがケナンに靡いてると知って動き始める。ヌライとサメットの討論は本作品のハイライトの一つでもあり、サメットが勝ち馬に乗りたいだけの幼稚な冷笑系リベラルであることが浮かび上がる。政治的姿勢より性格が先に完成したんだろう。確かにセヴィムの告発がケナン狙いかもという憶測を聞いて安心した顔でマウント取り始めたり、生徒に衣服を配るイベント(?)で一人ずつ生徒を呼んで優越感に浸ったり、最後の1秒まで、どの瞬間もカスじゃない瞬間がない。カスはどこまで行ってもカスなのだ。印象的な雪景色をバックに振り返るセヴィムのスチルが、まさかあんなクソキモ自慰ポエムの妄想シーンで出てくるとは思わなかった。ここまでくると一貫してて良いと思いますとしか言えない。

暗闇の中で酒を飲みまくる獣医が登場したんだが、これは明らかに『サタンタンゴ』だろう。ただ、医師は同作における神のような立ち位置だったのに比べると、本作品ではそこまで印象は強くない。他が強すぎるだけだが。

・作品データ

原題:Kuru Otlar Üstüne
上映時間:197分
監督:Nuri Bilge Ceylan
製作:2023年(トルコ, フランス, ドイツ, スウェーデン)

・評価:70点

・カンヌ映画祭2023 その他の作品

1 . ヌリ・ビルゲ・ジェイラン『About Dry Grasses』トルコ、幼稚過ぎるカス男の一年
2 . ジュスティーヌ・トリエ『落下の解剖学』転落に至るまでの結婚生活を解剖する
3 . ジャン=ステファーヌ・ソヴェール『Asphalt City』危険な有色人種と思い悩む白人救世主
4 . ウェス・アンダーソン『アステロイド・シティ』"ウェスっぽさ"の自縄自縛?
5 . Ramata-Toulaye Sy『Banel & Adama』セネガル、村の規範との戦い…?
6 . ナンニ・モレッティ『チネチッタで会いましょう』自虐という体で若者に説教したいだけのモレッティ
7 . ジェシカ・ハウスナー『クラブゼロ』風刺というフォーマットで遊びたいだけでは
8 . アキ・カウリスマキ『枯れ葉』ある男女の偶然の出会いと偶然の別れ
10 . カウテール・ベン・ハニア『Four Daughters』チュニジア、ある母親と四人姉妹の物語
12 . マルコ・ベロッキオ『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』イタリア、エドガルド・モルターラ誘拐事件の一部始終
13 . アリーチェ・ロルヴァケル『墓泥棒と失われた女神』あるエトルリア人の見た夢
14 . カトリーヌ・ブレイヤ『あやまち』ブレイヤ流"罪と女王"
15 . トッド・ヘインズ『メイ・ディセンバー ゆれる真実』不健康な年齢差恋愛のその後
16 . 是枝裕和『怪物』"誰でも手に入るものを幸せという"
17 . ケン・ローチ『The Old Oak』"チャリティではなく連帯"という答え
18 . ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』これが"Old meets New"ってか?やかましいわ!
19 . トラン・アン・ユン『ポトフ 美食家と料理人』料理は対話、料理は映画
20 . ワン・ビン『青春』中国、縫製工場の若者たちの生活
21 . ジョナサン・グレイザー『関心領域』アウシュヴィッツの隣で暮らす一家の日常

この記事が参加している募集

#映画感想文

67,333件

よろしければサポートお願いします!新しく海外版DVDを買う資金にさせていただきます!