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ジェシカ・ハウスナー『クラブゼロ』風刺というフォーマットで遊びたいだけでは

2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。存在すら忘れていた前作『リトル・ジョー』に続いてコンペ入りとなったが、やはり流石は木を見て森を見ない映画監督界の代表ということで、今回も詰めが甘すぎる。上映前メッセージの時点で、ほぼ結末までしっかり喋ってたので不安になったが、的中してしまった。物語はボーディングスクールに一人の新任教師がやって来るところから始まる。彼女の名前はノヴァク、担当は栄養学だ。ある生徒の親が見つけてきた怪しげな人物だが、校長は全く問題ないと言い切っている。彼女のクラスに参加したのは環境問題に関心がある、痩せたい、自制心を身に付けたい、奨学金対策など様々だったが、そんな彼らに投げかけたのは"意識的摂食"なる食事法だった。食べる前に深呼吸して食品に向き合う、というめちゃくちゃ怪しい食事法だが、試した生徒は実際に食事量が減って疲れも減りました!と報告、すると今度はオートファジーの意識的起動とか言い始めるが、生徒たちは疑問も持たずに挑戦し過激化していく。まず奇妙なのは、このノヴァクが生徒たちを洗脳して何がしたいのか全く分からないのだ。それが不穏さに繋がるならまだしも、映画自体の大きな目標が抜け落ちてるだけ、目先の皮肉や批判(スピ療法への皮肉とか)に終始しているだけなのだ。しかも、彼女は劇中一度も食事を摂らない。彼女がハリボテであることを指摘するなら、彼女の食事シーンを入れれば一発で証明できるのに、それを入れないことで、逆に彼女はそれで成功しているかのようにも見えてしまう。それにしては、座禅組んで信仰対象に祈ったり、校長への洗脳に失敗してビビったり、超越的な存在ではないと明示されているので、軸がブレブレ。

全寮制とはいえ週末にはほとんどの生徒が家に帰るため、徐々に食事を摂らなくなっていく子供たちを親は間近に見ているわけだが、特に行動は起こさない。一人だけシングルマザーのベン母が校長に質問しに行くが、言いくるめられてしまい、それ以降は消極的傍観に回ってしまう。こちらもまた、子供への無関心とかそういう批評用語を具現化しただけに過ぎず、監督のほうが映画に無関心なのでは?と思えるほど中身がない。結局は拒食症とか子供に無関心な親とか消費主義とか風刺する中身にすら興味がなくて、風刺というフォーマットで遊びたいだけ。そういう意味ではクリエイターに向いてなくて批評家向きだと思う。まぁそんな単語ばかり使って中身のない批評書かれてもそれはそれで仕方ないのだが。

とはいえ、"木は見て"いるので、ラストシーンで「最後の晩餐」の構図を引用したり、前作でも使っていた三味線やズームショットを使用したりなど細部へのこだわりはあり、洗脳とボディホラーを結びつける着眼点も良いと思う。って前作でも言った気がする。成長してないんすね。

・作品データ

原題:Club Zero
上映時間:110分
監督:Jessica Hausner
製作:2023年(オーストリア, デンマーク, フランス, ドイツ, トルコ, イギリス)

・評価:30点

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