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モハマド・ラスロフ『悪は存在せず』死刑制度を巡る四つの物語

死刑制度にまつわる四つの挿話と言われると、ハードコアなマイケル・サンデルを想像してしまうが、本作品はベルリン映画祭出品作で金熊受賞作なので、そんなことは起こらない。第一部"悪は存在せず"は、ある男の一日を描いている。配給の米を入手し、学校教師の妻を車で拾い、小学校で娘を拾い、スーパーで買物をして云々という日常の延長線上に、唐突に本作品のテーマが横たわる。短編集としては完璧すぎる布陣。

第二部"あなたは出来ると彼女は言った"は、ある兵士の一夜を描いている。徴兵された後、運悪く死刑の執行部に配属された青年は、一人処刑して三日の休暇を得る制度を嫌がって、あの手この手で逃れようと画策する。処刑人が処刑される側よりも処刑を嫌がるというシーンはルイス・ガルシア・ベルランガ『The Executioner』でも登場していたが、同作のコミカルに誇張された処刑人の存在に比べると、本作品の問題提起だけして根本的に何も解決していない展開は毒にも薬にもならない。

第三部"誕生日"は、田舎に暮らす恋人の下に帰ってきた青年兵士を描いている。恋人の誕生日を祝うためにやって来たのだが、恋人の一家が"家族"とまで呼ぶ政治犯の男が最近亡くなったらしく、今年は誕生日ではなく葬式になるらしいが…という鬱展開にうへぇとなる。登場人物たちもうへぇとなってるのだが、そこで終わってしまう勿体なさ。キアロスタミ作品に出てきそうな植木鉢の並んだ小さい家の既視感にほっこりする。物語としての新規性はないんだが、そういった映画史の上に成り立った不思議な世界に目を奪われてしまう。

第四部"私にキスして"はド田舎の家に暮らす医師夫婦とそこにやって来た知り合いの少女を描いている。雄大な自然を前に人を殺せるかどうかという答えの分かりきった命題に悩む人間の小ささを指摘したいロングショットで溢れている。テーマの登場を引っ張るのは第一話に似ているが、そういうどんでん返し的な演出を狙いすぎて本来必要な展開が"余韻"としてコチラに押し付けられているのには困惑する。

深い社会性に反するように、薄い映画性というベルリンを象徴するような作品だった。無難の極み、そりゃ金熊も取りますわ。

追記(以下、ネタバレ)
だんだん腹が立ってきたのだが、本来問題にすべきは(二択にするとすれば)"他人を処刑して休暇をもらう"or"逃げ出したら親族が処刑される"という二択なんだと思うがね。第四話で男が逃げたことで妻の兄弟二人が処刑されたことが明かされて、恐らく第二話だと電話に出てた兄貴が処刑されるはずなんだが、自分の手を汚したくないあまり逃げ出したことを正当化するだけでは意味がないのではないか?

この日これの前に見てた『チンパンジー属』もそうだが、結論ありきで思考実験をすんなよ。

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・作品データ

原題:Sheytan vojud nadarad
上映時間:151分
監督:Mohammad Rasoulof
製作:2020年(ドイツ, イラン, チェコ)

・評価:50点

・ベルリン国際映画祭2020 その他の作品

コンペティション部門選出作品
1. マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観
2. ダミアーノ&ファビオ・ディノチェンツォ『悪の寓話』世にも悲しいおとぎ話
3. ブルハン・クルバニ『ベルリン・アレクサンダープラッツ』フランツはまともな人間になりたかった
4. イリヤ・フルジャノフスキー&エカテリーナ・エルテリ『DAU. ナターシャ』壮大なる企画への入り口
5. ツァイ・ミンリャン『日子』流れ行く静かなる日常
6. ブノワ・ドゥレピーヌ&ギュスタヴ・ケルヴェン『デリート・ヒストリー』それではいってみよう!現代社会の闇あるある~♪♪
7. ケリー・ライヒャルト『First Cow』搾取の循環構造と静かなる西部劇
8. ジョルジョ・ディリッティ『私は隠れてしまいたかった』ある画家の生涯
10. リティ・パン『照射されたものたち』自慰行為による戦争被害者記録の蹂躙
11. ヴェロニク・レイモン&ステファニー・シュア『My Little Sister』死にゆく兄と戦う妹
12. エリザ・ヒットマン『17歳の瞳に映る世界』自己決定と選択の物語
13. サリー・ポッター『The Roads Not Taken』ごめんパパ、何言ってるか分からないよ
14. フィリップ・ガレル『The Salt of Tears』優柔不断な男の末路
15. アベル・フェラーラ『Siberia』悪夢と記憶の荒野を征く者
16. モハマド・ラスロフ『悪は存在せず』死刑制度を巡る四つの物語
17. クリスティアン・ペッツォルト『水を抱く女』現代に蘇るウンディーネ伝説
18. ホン・サンス『逃げた女』監督本人が登場しない女性たちの日常会話

エンカウンターズ部門選出作品
1. Camilo Restrepo『Encounters (Los conductos)』髭面ノ怪人、夜道ヲ疾走ス
2. ティム・サットン『Funny Face』地域開発業者、ヴィランになる
3. Victor Kossakovsky『Gunda』豚の家族を追う親密なホームビデオ
5. マリウシュ・ヴィルチンスキ『Kill It and Leave This Town』記憶の中では、全ての愛しい人が生きている
7. クリスティ・プイウ『Malmkrog』六つの場面、五人の貴族、三つの会話
8. Catarina Vasconcelos『The Metamorphosis of Birds』祖父と祖母と"ヒヤシンス"と
9. Melanie Waelde『Naked Animals』ドイツ、ピンぼけした青春劇
10. アレクサンダー・クルーゲ & ケヴィン『Orphea』性別を入れ替えたオルフェウス伝説
12. Pushpendra Singh『The Shepherdess and the Seven Songs』七つの歌で刻まれた伝統と自由への渇望
13. ジョゼフィン・デッカー『Shirley』世界は女性たちに残酷すぎる
14. サンドラ・ヴォルナー『トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン』小児性犯罪擁護的では…
15. C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム『仕事と日(塩谷の谷間で)』ある集落の日常と自然の表情

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