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マリオ・マルトーネ『ノスタルジア』ノスタルジーに浸って地元をかき乱すおじさん

2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。長年ヴェネツィアに出品していたマルトーネは、1995年の『愛に戸惑って』以来27年ぶりのカンヌ入りとなった。年老いて盲目となった母親を尋ねて、主人公フェリーチェは40年ぶりに故郷ナポリに戻ってくる。40年の間に街の風景や暮らす人々は様変わりしており、序盤はフェリーチェがナポリの街をゆったり歩くシーンが多く用いられている。それはまるで変質した街の中に、微かな残り香を求めて彷徨い歩くかのようで、"ノスタルジア"という共有の難しい感情を一瞬で共有してしまうパワフルさがある。フェリーチェと母親の間にある物理的/精神的な距離の変質は、母親に対して"自分を少年だと思って"と言って入浴介護を申し出るシーンで明らかになる。母親から見てフェリーチェはあの頃の息子ではないし、フェリーチェから見てもあの頃の母親ではないが、二人の関係性はこれから変えることは出来る。フェリーチェは前の家を追い出されて地上階に追いやられていた母親のために、庭付きの家を購入した。そのすぐあとに、母親は呆気なく亡くなった。ここまでなら傑作だった。

フェリーチェが母親を通してナポリの街と再び繋がり始めると、共有そっちのけで思い出話に花を咲かせ始める。彼はバイクを購入し、悪ガキ時代に爆走した道を走って感傷に浸る。そして、親友だったオレステが地元で恐れられるギャングのリーダーになっていたことを知る。彼とは兄弟のような関係だったが、強盗に入った家で家主を殺してしまって以降、国外に逃亡したフェリーチェとナポリに残ったオレステは話したことすらなかった。周りの人間の静止を振り切り、地元で若者の更生と教育に人生を捧げる神父を無理矢理味方に引き入れて、オレステと対峙しようとする。しかし、勝手にノスタルジーに浸って、あいつは友達だったからいけるっしょみたいなノリで、別に殺人事件について問いただしたいわけでもなく、当時から下に見られてたから見返してやりたいとかいうわけでもなく、ただオレステと話したいという。しかし、地元住民からすれば近寄りたくない存在だし、オレステからしても殺人の唯一の目撃者だし、誰に何のメリットもない。過去に生きるフェリーチェとオレステ、現在に生きるそれ以外の人々という対比にしては稚拙すぎるし、フェリーチェの主張する"故郷が…"云々の言葉も、そこまで大切には響かない(彼は逃げ延びた先の中東/北アフリカで成功し、結婚してイスラム教に改宗している)ので、何がしたいのかはっきりせず、ただの自慰にしか見えない。

前半も後半に引きずられる形で評価が下がる。物語も映像も薄っぺらで退屈の極み。『笑いの王』も全然ダメだったので、もうマルトーネは無理かもしれない。

・作品データ

原題:Nostalgia
上映時間:117分
監督:Mario Martone
製作:2022年(フランス, イタリア)

・評価:0点

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