デヴィッド・クローネンバーグ『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』手術はセックス、セックスは手術
2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。近未来、人類の身体は進化した。冒頭で登場するのはそんな新人類の一人、少年は母親に隠れてプラ製ゴミ箱を食べていた。母親は我が子を"あの生物"と呼び、そのまま殺してしまう。簡素だが実に示唆に富んだ開幕で、本作品の世界観をこれだけで提示してしまう。そんな近未来世界で、主人公ソウル・テンサーとそのパートナーのカプリスはパフォーマンス・アーティストとして活動していた。ソウルの加速度的進化症候群、数日おきに新しい臓器が生成されることを利用した、内蔵摘出手術のパフォーマンスである。テンサーは常に体調が悪そうで、全身真っ黒の服に身を包み、進化論者の陰謀に巻き込まれていくその姿は、さながら臓物ノワールの登場人物のようだ。優秀な女性助手、神経質で主人公を好きになる政府役人、過激な進化論を掲げる謎の組織など、ノワール的に興味深い要素は揃っている。のに。
劇中にある言葉のように、本作品では手術とセックスが同義に語られている。となると、クローネンバーグ歴の浅い私からすると、一番最初に思い出すのは『クラッシュ』である。同作において、車と人体は同じであり、同時に別のものでもあったが、本作品ではそれが融合したということなんだろう。しかし、車を人体としたセックスを映像として可視化した同作に比べると、棒立ちでくっちゃべってるシーンしかないので、それこそ過激進化論者のステートメントの朗読みたいで感心しない。人体の内面についての映像や人体機械みたいなイスとかを見せる以外はあまり魅力的に感じなかった。残念。
・作品データ
原題:Crimes of the Future
上映時間:107分
監督:David Cronenberg
製作:2022年(カナダ, フランス, ギリシャ, イギリス)
・評価:50点
・カンヌ映画祭2022 その他の作品
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6 . デヴィッド・クローネンバーグ『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』手術はセックス、セックスは手術
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