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「鬼門(きもん)・あの世とこの世の境目」 ショート実話怪談


はじめに

これは私(Kitsune-Kaidan)が、亡き父と永遠の別れを交わしたある夜のできごとの話で、鬼門きもんにまつわる実話ショート怪談です。半分夢で半分現実のようなフワフワとした不思議な感覚なのにハッキリとした記憶があり、現実だと信じざるを得ない証拠がありました。

鬼門(きもん)とは、北東(艮=うしとら:丑と寅の間)の方位・方角のこと。日本では古来より鬼の出入り方角であるとして忌むべき方角とされる。

Wikipediaより

それでは、不気味な世界へとつながる扉をお開けください。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。


眠れない夜

当時の私は絶不調だった。父を亡くしたショックも相まって夜はなかなか眠りにつくことができず、深夜2時を過ぎてもベッドの上でただ寝転がっているだけの時期が続いていた。

その夜もなかなか寝つけず、かといって深夜番組を見る気にもなれず、シーンと静まり返った自分の部屋のベッドの上に横になっていた。ふと気がつくと、時計の針はまた深夜2時を指していた。

「眠れない」

カチ、カチ、カチ。

廊下の時計の音がどんどん大きなっていく気がした。

カチ、カチ、カチ。

カチ、カチ、カチ。

布団を頭からかぶって廊下の方に背を向け、窓の方に寝返りをうってそのままなんとか寝ようと目を閉じた。

カチ、カチ、カチ。

時計の音がどんどん小さくなって、次第に遠ざかっていく。

そのうちフワフワとした感覚が自分を包み込み、夢の中に誘われているような気がした。次に気がついたときは、頭からかぶっていたはずの布団がめくれて窓の外の月明かりがうっすらカーテンの隙間から漏れているのが見えた。夢らしきものをを見ているのにも関わらず、不思議なことに部屋の中の気配をしっかりと把握できる自分がいた。

「夢じゃない」

そう思いながら静かに目を閉じ、瞼の裏に映る映像を眺めていた。

次の瞬間、私は父の運転する車の中にいた。私が小学生の頃、父が乗っていた赤のファミリーカーだった。父が亡くなってからこうして父の姿を見るのは久しぶりだったので私は懐かしい気持ちになった。窓の外には自然豊かな景色が広がっていたが、特に印象的な風景ではなかった。助手席には誰も乗っておらず、私と父しか車に乗っていないのが不思議だった。

すると、運転していた父が急に車を停車し、運転席のドアを開けて外に出た。父は私の乗っている後部座席に向かってきた。私はなんとなく悲しい気持ちになり、恐怖心を抱いた。

ガチャッ。

父が後部座席のドアを開けて、車の中を覗き込んだ。父は昔よく着ていた7部丈の赤いスエットシャツを着ていた。それはすごくリアルな父の姿だった。動きやすくてお気に入りのシャツだった。

笑っている父の顔が急に深刻な顔に変化したのを私は見逃さなかった。

「イヤだ」

なぜか、そう思った。

「もう行くわ」

久しぶりに聞く父の声だった。私は遠くに行ってしまいそうな父の手をできるだけ強くつかんで車に引き戻そうとした。父の顔を見上げると、見たことがないほど涙を流して泣いていた。その滝のような涙が私の両手にポタポタと音を立てるように落ちてきた。

「行かないで!」

できるだけ大きな声で叫んだ。と、同時に私は目が完全に覚めているのを感じていた。父の手を必死に両手でつかんでいたが、いとも簡単にスルッと手が離れてしまい、父はまた悲しそうな顔をして向こうへと歩いていった。向こう側には山が見えていた。赤いシャツとベージュのチノパン姿の父の後ろ姿は心なしか少し若く見えた。

私は泣きながらその後ろ姿をしばらく見つめていたが、お別れなのだということが理解できた。

鬼門

Collage Artwork by Kitsune-Kaidan

もう完全に目がさえていた。両手に残る父の手の感覚が消えなかった。私は目線を自分の手に落とした。すると、父の涙が私の手のひらにしっかりと残っていた。これは私の涙ではない。ポタポタと落ちてきた父の涙だった。部屋の中はひんやりとしていてむしろ寒いぐらいだったので、私の寝汗でもない。

確かに父は私に別れを告げにきたのだ。

「もう行くわ」と言った父の言葉が耳に残っていた。父はどこにいくのだろうか。なんとなく察しはつくが認めたくない自分がいた。このことは家族には話せずに、しばらく自分の心の中におさめていた。

数ヶ月経った頃、ある年老いた女性にこの話をする機会がやってきた。その女性曰く、

「お父さんはあなたに家庭を守る光になって欲しいのね」

父が私にそんな風に思っているとは想像もつかなかったので、多少驚いた。

「それは鬼門ね」

その年老いた女性はさらに続けた。やはり父は私に別れの言葉を告げに来たのだ。ここから先はあちらの世界だという「鬼門」があるのだということをその年老いた女性がわかりやすく説明してくれた。

あの世とこの世の境目に私が立ち入ることはできないのだということ、父についていくことも引きとめることができないことも、残念だがハッキリとわかっていた。第三者からズバッと言われることで諦めがついた気がした。そのほかにもあの世の者に対する役立つ方法を多数教えてもらった。そのことについてはいつか書くことにする。

おわりに

怪談とは言ってもこれは自分の父の話であり、ちっとも怖くはありませんでした。むしろ、切ない話に感じます。当時の私は父とは上手に交流できないまま死別してしまいました。幼い頃は父と手を繋ぐことが好きだったはずなのに、いつの間にか父と楽しく話をすることができなくなってしまいました。そんな関係性をどうすることもできないまま永遠に離れてしまったのです。現在の私は若くして亡くなった父の年齢を超えてしまいました。あの時お別れに来た父の手をしっかり握ることができて良かったと、今では素直に思います。

家を建てる時などに注意する方法としてよく鬼門を活用することが多いですが、あの世とこの世の境目には鬼門があるのだということも納得のいく概念だと思いました。あの頃、亡くなった父の魂はしばらく私たちの周りにいたのだろうと思います。そして、もう行かなくてはならないという事実を私に伝えにきたのだと理解しています。

その後の話ですが、あの時「もう行くわ」と言って消えていった父はしばらくの間まったく夢にも出てくることがありませんでした。ところが、長い年月を経て人生の節目ふしめで父が夢に出てきたり、声が聞こえたり、父を象徴するものを感じたりと、さまざまな方法で父とコミュニケーションをとることができるようになりました。あの時は一旦向こう側に行かなくてはならなかったのだと思います。

父の通ったあの道を行かなくてはならない日が私にもいつの日かやってくるのでしょう。

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Kitsune-Kaidan
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こちらのシリーズその1からその4(完)までございます。ぜひお読みください。


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