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「地獄の釜の蓋(じごくのかまのふた)」 その⓶ おとなの絵本怪談

割引あり

前回のあらすじ

「お盆を過ぎたら海で泳いじゃいけないよ。地獄じごくかまふたが開いて、足を引っ張られるよ」

海でおぼれたKitsune-Kaidanの身に起こった不可思議なできごと。海の底の地獄じごくかまらしきところから、奇妙な世界に迷い込んでしまったのだろうか…?何かがおかしい。何かが違う。いったい何が起こっているのだろう。果たして無事に元の世界に戻れるのだろうか…。孤独に打ちひしがれながら少しずつ謎を紐といていく。

この怪談は、Kitsune-Kaidanが子供の頃に海水浴場で実際に起こったちょっと怖いできごとをヒントにした半分実話、半分創作の怪談絵本です。

それでは、引き続き不気味な世界へとつながる扉をお開けください。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。

誰もいない

キャンプ場に到着した時となんら変わりない風景に見えた。ただ、何かが違う気がしてならなかった。

「どうして、みんないないの?」

大きな声で叫んでみても、弟も家族も友だちも誰もいない。キャンプを楽しむ家族連れが私の方をチラッと見たが、すぐに楽しそうな会話へと戻っていった。

私は孤独な気持ちを抱えたまま、再びあちこち歩き回って手がかりを探した。なんの進展もないまま、桟橋さんばしに立ちボーッと沖を見渡した。

(あんなところに島がある)

家族でこのキャンプ場に通うようになって数年経つが、沖に島があることにこれまで気がついたことはなかった。その桟橋さんばしは島へと続いているように感じた。

(あれ?)

私は軽いめまいを感じた。目の前に見えている景色が少しずつ、ほんの少しずつ変化している。桟橋さんばしを浸していた海の水位が少しずつ低くなっているのは勘違いではない。

(引き潮だ)

その頃の私は、潮の満ち引きについて特に詳しい知識はなかったが、子供ながらになんとなく海の感覚を覚えていた。この桟橋|《さんばし》を渡るには時間制限があることをわかっていた。満ち潮になる前に戻ってこなければならない。時間はあまりなさそうだが、それでも島へ行かなければならないような気がした。

目を閉じて一度大きく深呼吸してから、震える足を一歩前に踏み出した。二歩目からは思った以上に軽快な足取りだったことに自分でも驚いた。気がつくと、私は走っていた。


島の鳥居

息をきらして渡り切った桟橋さんばしの先に広がるその島には、絵本の中で見るような平和な光景が広がっていた。はじめて来る場所なのに、どことなく懐かしい故郷に帰ってきたような不思議な気持ちになった。

桟橋さんばしから砂浜に飛び降りて散策をしてみると、海岸沿いには数軒の家や番屋らしき建物があって、人が住んでいる空気感が漂っていた。

(ん?)

人の気配はするものの、いつまで歩いても誰にも出会わない。ただ、誰かが自分を見ている強い視線を感じていた。視線を感じる方に引っ張られるように進んでいくと、高い崖に囲まれるひらけた場所にたどり着いた。海から少し離れて入り組んだ場所にあるその砂浜は窪みのようになっていて、穏やかな細波さざなみが打ち寄せる秘密のスポットのようになっていた。

太陽の光をちょうどよく浴びた砂浜は暖かくて気持ちがよかった。高い崖を見上げると、緑の木々が生い茂る深い森の中からせみの声が聞こえてくる。

再び強い視線を感じてふり返ると、砂浜にあかくて古い鳥居があった。どうやらその鳥居から視線を感じるようだ。私は恐る恐るその鳥居の方へ近づいた。

観光スポットなどで普段見かける鳥居は、巨大でしっかりした作りのものが多い。しかし、こじんまりしたこの鳥居はかなり古く、何度も修繕されながら長い間そこに佇んでいるような雰囲気がした。一礼し、鳥居をくぐろうとして前方を見ると、その先にある崖の下に小さなほこらが見えた。

私はそのほこらに吸い寄せられるように鳥居をくぐると、突然、生ぬるい風が吹いて私の体を包み込んだ。肌にはりつくような粘着質な風が強制的にまぶたを閉じさせた。

気がつくと、そこはさっきの桟橋さんばしの上だった。


幽霊の少女ふたたび

桟橋さんばしの上に立った私は、自分の身に起こったことが理解できずにしばらく呆然としていた。目の前に見える向こうの岸辺には、キャンプを楽しむ人たちとテントの群れが小さく見える。だが、弟たちの姿は相変わらず見えない。

潮風のいい香りがする。

島の方をふり返ると、なんとあの少女の幽霊の姿が目に飛び込んできた。彼女は相変わらず浴衣を着て、遠くを見つめている。

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