「地獄の釜の蓋(じごくのかまのふた)」 その⓸完 おとなの絵本怪談
これまでのあらすじ
異次元通路
幾重にも連なる鳥居の向こうに見える宇宙のような景色に目を奪われ、しばらく無の状態になってしまった私。瑠璃色のポータルが透明な狐の置物のお腹の中で点滅し、完了を知らせる音が鳴り響いた。我に帰った私は、再び無意識にポータルを取り出していた。
鳥居へと続く道が七色に光る。私はその先に足を踏み入れることを怖いとか不安だとは思わなかった。何故かと問われると、正直言ってはっきりとした理由はわからないが、この七色の道を通ったことがあるような気がするのだ。懐かしさと心躍る思いが入り混じったような感覚が胸の中に湧いてきた。
(この道を通って、どこかに向かったことがある)
漠然とした思い出の塊のようなものが心と頭の中にあった。ひとつ目の鳥居をくぐると、暖かさに包まれるような気がした。それと同時に心地よい風が頬をなでた。次の鳥居に行くまでに少し距離がある。
この道を歩くのは怖くはなかったが、左右の景色を眺めるのは正直言って怖かった。暖かさに包まれながら安心感を得た私は、左手にしっかりとポータルを握りしめ、右手で頭の後ろの狐のお面の存在をもう一度確かめた後、思い切って左右を確認した。
左側には海、山、木々、空、湖、川など壮大な美しい自然の風景が見えた。どれも私が大好きな物だった。右側には星、月、太陽、惑星など宇宙に存在するものが見える。こちらも私の大好きな存在だ。私たちはこんなに美しいものに日々囲まれながら暮らしているのだ。幸福な気持ちに満たされた。
次の鳥居をくぐろうとした私は、少し躊躇した。明らかにひとつ目の鳥居の雰囲気とは違う物々しいエネルギーが蠢いているのを感じた。そこをくぐらずに先には進めないことは歴然としていた。私は唇をかみしめて薄目を開け、鳥居をくぐった。
突然、左側から襲ってきた炎が、私の髪の毛をチリチリと焼いた。冷たい水が右側から流れてきて炎が消えた。目をきちんと見開いて左側を覗くと、そこには恐ろしい世界が広がっていた。火山による山火事が美しい自然を飲み込んでいく。右側を恐るおそる見ると、津波による洪水が同じように美しい自然を飲み込んでいた。
私は震えながら次の鳥居へと足を踏み入れた。右側から吹きつけてきた突風に飛ばされないように、その場にしゃがみ込んだ。右側を見ると、台風や竜巻がものすごい音を立ててあらゆるものをなぎ倒していた。左側では土砂崩れや地震が起きて、あらゆるものを破壊していった。
次の鳥居をくぐると、鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪が目の前を横切り、左側から右側に向かって逃げ惑っていく。今度は右側から左側に向かって鹿、狼、象、狐、猫、麒麟、シマウマ、蜂、蝶々、鷲、亀、鳥、北極熊、イルカなど、さまざまな生物が逃げていく。
私は目の前に繰り広げられたあまりにも悲惨な光景をまざまざと見せつけられたことで、息をするのも忘れるほどだった。不安を和らげるために、自然と深い深呼吸をひとつした。
(よしっ)
意を決して次の鳥居をくぐると、左側にはきれいな虹、雲、雨、雷が見えた。右側にはひょう、あられ、雪が降っている。鳥居の中に突然明るい太陽の光が差し込んできたと思ったら、それと同時にシャワーのように優しい雨が降り出した。どこからともなく聞こえてくる太鼓と笛の音。
ドン ピーヒャラ ドン ピーヒャラ。
左側から突然ぴょこんと狐のお面をかぶった男が飛び出してきた。また、カクカクとした動物のような仕草をして、あたりの様子を伺っている。安全を確認したのか、奥に向かって手招きしている。またぴょこんと飛び出してきた狐のお面をかぶった男の手には、古い傘が握られている。しばらくの間、辺りが静まり返った。
その後ろから出てきたのは、豪華な美しい着物に身を包み、角隠しで顔を覆い隠し、狐のお面をかぶった花嫁の姿だった。その少し後から黒い立派な着物に身を包み、同じく狐のお面をかぶった花婿の姿が現れた。その後ろからはさまざまな嫁入り道具を持って狐のお面をかぶった人たちがカクカクとした動きで、時折静止したかと思えば動き出す。こうして、奇妙な行列がゆっくりと右側に消えていった。
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