#ライター
当たり前すぎてもう悩まない
この前、あるところで社会人3年目の人たちを交えたチームでミーティングする機会があって。
書籍ライターをしてると、わりと意思決定層と一緒に仕事することが多い。ということは自動的に年齢層もキャリアも「上」になる。
上の人たちと仕事するのは、当然、平熱な緊張感も伴うのだけどある意味、楽なところもある。なぜならハイコンテクストな文脈で話が進むから。なめてるとかではないですもちろん。
べつにそれが駄目
☆note365日更新続けても何も変わらなかった話
noteのボーナスステージは終わった。
この記事を読んで悲しい気分になる人もいるかもしれないけど、あまり書いてる人もいないので書いておきたい。
もちろんこれは僕個人の、それも影響力「スダチ3個分」程度のただのライターごときが「そう思って」「そう感じた」だけなので読み飛ばしてもらっても全然構わないのだけど。
一時期noteを毎日更新続ける勢がなんかフォーカスされてるというのがあった。
365
ネットの石ころに救われてきた
本もそうだけどネットの文章にもずいぶん助けられてきたなぁと思う。救われたというか。
インターネット老人会なので、どうしてもブログより昔のテキストサイトの匂いがするものに郷愁を覚える。まあ、いくつか管理人やってた初期のmixiも懐かしいんですけど。
といっても侍魂さんみたいな超メジャーなテキストサイトにはあまり寄り付かず、ひっそりと誰が誰に言葉を吐いてるのかわからないようなサイトをふらふら歩いて
自分のイメージはつくれるけどつくらない
あえて、つくらなくていいや。と思ってしまう。
ライティングを通してブランディング(なんか手垢でべとべとするけど)とかグロースハック周辺に関わってたりもするのに、いいのか。
ダメだろう。イメージ大事。わかってます。だけどなぁ(心の声)。
なにを言うかよりも、だれが言うか。なにを書くかよりも、だれが書くかで世の中動いてるのは本当のことだし、だからなおさら「イメージ」をちゃんとつくれてないと、だれ
音楽業界も出版業界も正しいことをやりすぎて、みんなで駄目になってる件
音楽を有料で購入しないどころか、音楽そのものに無関心な「音楽離れ」が進んでいる云々の記事が流れてましたね。
まあ、これもポジショントーク要素とか、他のジャンルとの相対的要素とかあるので鵜呑みにはできないけど、そういう雰囲気はたしかにあります。
くるりの岸田さんが、その件で面白い考察をしていて、ざっくり言えば「聴かなくてもいいや」と思うような音楽が増えすぎたんじゃなかろうか、と。
プロでもうれしいこと
ずっと仕事の原稿に埋もれてると息してない気がしてくる。
書籍の場合7万字とか10万字のテキストを掘り起こすように書く。なんていうか一人でヘッドランプを頼りにほの暗い坑道に入り、テキストの鉱山の奥深くに潜って、鉱脈を見つけてはコツコツと掘っていく感じ。
そうして採掘されたテキストをトロッコに積んで運び出し、構成して編集して本になり誰かの心の火を灯すことだけを考えて黙々と書く。
それなりに長くこ
愛しさとせつなさと猫の言葉と
土曜日はほとんど誰も通らない日なので、戯言を。
ここ何日か、ものすごく圧の高い(いい意味で)言葉にいろんなところで触れて、討たれてる。
共通してるのは、みんな「自分の言葉」なのだ。強い言葉も優しい言葉も。尖った言葉も柔らかい言葉も、すごいスピードで去っていく言葉も、まどろむような言葉もすべて。
そういう言葉に触れると、ちゃんとその人がそこにいるのを感じる。そして誤解を恐れずに言えば、それがど
浅生鴨さんに会ってきたかも(その5)今のネットはクリーンすぎるから
迷子の秋に重版出来!浅生鴨さんの新刊『どこでもない場所』の周辺に漂っているものたちが気になって始まったインタビュー。今回はネット時代と世の中に必要なノイズについて。前回はこちら。
あれはたしか2000年前後だった。インターネットの時代が本格的にやってきて、これからは誰もが発信者になることができ、これまでなら陽の目を見なかったニッチなものや人にもスポットが当たるようになり、きっと世の中は大きな力を