74歳の友だちとの約束を守った話。
ハロウィンの夜、私は1人で札幌のススキノの居酒屋にいた。街は仮装している方々で溢れていたが、私はスーツを着て、カウンターでしっぽりとお酒を飲んでいた。
ハロウィンというイベントに乗っかれる人たちを「いいなぁ」とうらやむ気持ちはある。私は乗っかれないから、うらやましい。
▶話しかけてきたおばあさん
カウンターでお酒を飲んでいると、隣におばあさんが座った。一人で来ているようだった。話しかけてくれた。聞けば74歳らしい。74歳といえば、後期高齢者一歩手前だ。が、元気だ。このお店にもよく来るらしい。
なんだかこの方から話を聞いてみたいな、と思ったので、私はおばあさんにたくさん質問した。いわく、おばあさんは、
なんだろう、子どもがアンパンマンを見ている時の笑顔と同じレベルの笑顔。
とても楽しそうに話してくれる。私があまりに質問するもんだから「初対面の人にこんなに話したのは初めてです」と言っていて、私もニコニコ。
1時間ちょっとくらい話した後、
おばあさんに言った。
「明日、お店はやってますか?」
「やってますよ!」
「お母さんは、お店に立ってますか?」
「えぇ!立ってますとも!」
「そうしたら、明日の夜行きますね」
「本当ですか!」
私はおばあさんの背中にそっと手を当てて「約束します」と言い、お店を出た。札幌のハロウィンの夜である。
…
翌日。
夜になった。
18:30。
▶焼肉一筋49年のお店
前日のハロウィンがウソのように人が少ないススキノ。
約束を守ろうと思って、おばあさんの焼肉屋に向かう。ススキノの少し外れ、少し年季の入っているたたずまいの焼肉屋。のれんが出ている。
(ここか…)
お店の引き戸をガラガラと開けた。
店内はカウンターが4席。
カウンターの後ろに座敷が2席。
奥に団体用の座敷が6席くらい。
こじんまりとしている。
ススキノで49年やってきた趣がある。
店内に入ると、ご主人だろうか、背中の曲がったおじいさんが、料理人特有の白い上下の服、白い料理帽をかぶっている。
お客さんはカウンターに1人だけ。
黒のタートルネックに、黒髪マッシュの男性。年齢は20代中盤くらいだろうか。その男性がおじいさんに「うわぁ、親切だぁ」と言っている謎のタイミングだった。
昨日のおばあさんは店の奥からひょこっと出てきた。
「あぁ!本当に!来てくださった!」
ご主人は何のことかわからない顔をしていたから、おばあさんは、
「ほら!言ったじゃありませんか!
昨日会った方ですよ!」
とご主人に笑顔で話している。
この老夫婦以外に店員はいないようだ。
ご主人が注文を取りに来る。
昨日の夜「お肉へのこだわりは本物だと自負してます」とおばあさんが言っていた。
昨晩聞いたおススメのお肉を全部頼もう。
ご主人は「ありがとうございます!」と言って、お肉の準備に取り掛かる。おばあさんはビールを持ってきてくれた。
「昨日はありがとうございました」
とお互いに言って、雑談に花を咲かせる。
…
お肉が来た。
おぉ、たしかに美味しそうだ。
目の前に出された七輪を使って、お肉を焼く。
黙々と焼く。
食べる。
うまい。
…
「いやぁ、でも本当に大変でしたね」
おばあさんが、カウンター席の黒髪マッシュの男性に話しかける声が聴こえてきた。私より先に来ていたお客さんだから、何か話していたんだろう。彼は、
「ハイ、ホントウにカナシイデス」
と言っている。
▶カウンターの先客はどんな人?
…おや?
カタコトだ。
ふーむ。
…
…きっと韓国人だ!!!
と思ってたら、
彼が振り向いて話しかけてきた。
「このお店にはよくクルンデスカ?」
「! いやぁ、実は初めてでして」
「ソウナンデスネ!仲がよさそうダカラ!」
「昨日初めて会ったんですよ。
…あの、もしかすると、韓国の方ですか?」
「ソウデス!韓国からキマシタ!」
我が家で韓国といえば、BTSである。
妻はBTSが好きすぎで、韓国語の読み書きができるようになっている。我が家の中では日常的に韓国語が飛びかっているのだ。
▶我が家とBTSの関係はコチラ
「そうですか!いやあ我が家はBTS、東方神起、少女時代、KARA、Aespa、IVE、とにかくK-POPが好きなんですよ!」
と話したら、
「うおおおおおおおおおお!
嬉しいデス!!!!!」
なんてところから、韓国トークがワッショイし始めた。ご主人と女将はその様子をニコニコして見ている。細かく彼に質問してみると、彼は、
これを聞いて私は言った。
なら「ヒョンヒョン」ですね!
※韓国語でヒョンは「お兄さんの敬称」
と言うと、
「ヒョンヒョン……
…(ピーン!)
うおおおお!なぜシッテルンデスカァ!」
「しかも昨日が誕生日なら
『センィルチュッカハムニダ』ですね!」
※お誕生日おめでとうの意味
と言うと、
「ぬおおおおおおお!
ナンデ ソレヲ シッテルデスカ!!!!」
と大喜びしていた。
やっぱりご主人と女将はニコニコしている。
そんな話をしている間にも、
ご主人が私のところにやってきて、
小声で、
「…黒毛和牛食べたことありますか?」
「…歯は、丈夫ですか?」
「…野菜も食べませんか?」
と言いながら、さらに小声で
「…これ、サービスです」
と言って、おいしいお肉たちを無料サービスしてくれたり、女将が「これ自家製のしそジュースなんです」と出してくれて、とにかくサービスが止まらなかった。
ヒョンさんが言う。
「ワタシ、日本語は日本のドラマでマナビマシタ」
「うんうん」
「『深夜食堂』を見てベンキョウシマシタ。深夜食堂には優しい日本人がタクサン出てきます」
「ふむふむ」
「優しいのはドラマの中ダケト オモッテマシタ。でもホントウデシタ。ダッテ」
ヒョンさんは、女将、ご主人、私の順に指さして、
「アナタタチハ 親切、親切、親切…だから
ココはドラマの中の世界ミタイデス!」
全員で大笑いした。
…
▶主人と女将とソウルの友だち
全てのお肉を食べ終わって、
いよいよお会計という時、
ヒョンさんが言ってきた。
「札幌にトモダチがデキマシタ」
「そうですね!」
ご主人と女将も言った。
「ご縁ですね!」
「マタ札幌にキタラ、このお店にクレバ、
また皆さんにアエマス!」
「ヒョンさんがまた来るなら、私の友だちをたくさん呼びますよ!逆に私がソウルに行ったら、ぜひ案内してください!」
「わあ!ウレシイナぁ!またココにキマス!」
…
そこで私は言った。
「ヒョンさん、インスタやってますか?」
「instagram…ヤッテマス!」
「じゃあ、連絡先交換しましょう!
これでまたいつでも会える!」
「ヤッター!!」
ご主人も女将も、やっぱりニコニコ。
…
で、お会計。
「3,560円でございます」
ご主人がそう言ったので、
「やすっ!」と思いながらお財布を見て、私は「10,560円」を出した。
おつりは、
10,560-3,560=7,000(円)
のはずである。
「はい!おつりです!」
…
……
…5,560円を渡された。
正しいおつりは7,000円。
1,440円足りない。
…
…ご主人、やっぱりボケてるな。
でも、いいや、と思って私はお店を出た。
ご主人も女将も、そしてヒョンさんもお店の外に出てきてくれて、みんなで「また会おうね」と言いながら、姿が見えなくなるまで手をブンブンふった。
▶︎他に、おばあさんが登場する過去記事
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