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小説【ある晴れた日の午後】

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現在執筆中の短編小説です。思い出しうる最古の記憶から、ある晴れた日の午後まで続く家族との交流の話です。 #短編小説 #冬 #幼少期 #家族
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【短編】ある晴れた日の午後 後書き

【短編】ある晴れた日の午後 後書き

24歳の時に、たった1人の肉親である父が他界しました。その時の心境を私小説としてブログにまとめていたものと、幼い頃の記憶から受けたものを何とか形にしたいと思い、ネームとか色んなものをすっ飛ばして書き上げました。小説とか小説じゃないとかそんなものじゃなくて、自身が書かないとクリア出来ない問題なような気がずっとしていて、1番最初に人前に提示する作品はこれしかないと思っていました。
次回作からはいよいよ

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【短編】ある晴れた日の午後11

【短編】ある晴れた日の午後11

親族一同は部屋に通されて、台の上に載せられた父のものと思われる遺骨と対面した。
係の人の指示で、血の繋がりの濃い順に並べられ、台を取り囲むように配置された。
はしを順に回して遺骨を拾い上げ入れ物に入れていく。
叔父が祖母に向かって父は痩せ型だから骨が少ないだの雑談をしているのを黙って聞いていた。

入れ物にそれらが収まると、私達は一礼をして部屋を出た。

外は、夕暮れが近づいてきたのか一段と寒くな

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【短編】ある晴れた日の午後10

【短編】ある晴れた日の午後10

翌朝は親族一同マイクロバスに乗って告別式の会場に向かった。
大人の遠足みたいだな、と思いながら幼い頃からの通り慣れた道を眺める。途中マイクロバスを見上げる子供たちの団体とすれ違う。
楽しい行事がある訳じゃないのに、皆で連れ立ってバスに乗っている光景は、周りからどう見えるのだろう。

会場についた私達は、各々着替えを済まし会場の人からの説明を受けた。その後は弔問客への対応やお茶出しなどに追われた。

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【短編】ある晴れた日の午後9

【短編】ある晴れた日の午後9

「あすか。ちゃんと見て、お父さんの事。これが最後なんだからね。」

祖母は私の背中をさすりながら、そう諭した。しっかりしなきゃいけないのは私の方なのにな。
おばあちゃん、ごめんね。

父の最後の姿を、私は知らなければならないし、見届けなければならない。恐る恐る視線を移して父がまだ父として保たれている状態を確認しようとした。

少し白髪の交じる髭剃り後や、閉じたまぶたのまつげ、手を組んだ指先の深爪し

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【短編】ある晴れた日の午後8

【短編】ある晴れた日の午後8

その後、どうやって帰ったのか、会社への報告をどのように済ませたのか思い出せないまま、気づけば祖母の家へ向かう新幹線の車内に居た。

最後に父と話したのは、いつだったか。

11月の中旬頃、珍しく酔っ払っている様子の父から連絡があった。
酷く疲れている声に聞こえたけど、翌日には荷物を送る旨のメールがきたので、大して気にも止めていなかった。
確かに様子が変だと認識はしたのに、どうしてもっとちゃんと話を

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【短編】ある晴れた日の午後7

【短編】ある晴れた日の午後7

閉店時間になり、警備員が通行止用のポールを準備したり、シャッターを下ろして買い物客を出口に誘導し始めると、店の入口側の什器に布を被せた。

そして、冬場特有の作業でハンガーにかかったままのニット類は袖が伸びない様、什器に場所を移して寝かせるように置いていく。

閉店作業はレジ締め担当と清掃担当に分かれて行うが、結局閉店後も30分位かかるので帰る時間は21時近くなってしまう。
今日は比較的畳みが終わ

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【短編】ある晴れた日の午後6

【短編】ある晴れた日の午後6

運び込まれたパッキンの見事な連なりを見て、私達はほぼ同時に悟った。

「これは、間に合わないね。日中は片せそうにない、夜に回そう。」
「はい!」

そうと決まればバックルームに急いで押し込もうとパッキンの一辺に二人で並んだ。
しかし二人がかりで押しても一気に進まないので、大人しく1箱ずつ移動させることにした。

私から先運ぶね、と持ち上げたパッキンはずしりと重かったけど、開店までの時間との勝負、俊

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【短編】ある晴れた日の午後5

【短編】ある晴れた日の午後5

ディスプレイ変更とは、月に1、2回の頻度で本社からの通達があり、決められた服をメインディスプレイとして飾り、販売強化をしようと言うもの。

もっと詳しく言うとそのシーズンにその店が売り出したい物やテーマがわかるので、店長や副店長はこの指示書を元にお店のレイアウトや売筋を作るヒントにする。

指示書には、マネキン通称ボディに着せる商品名、色、全体レイアウトが記載されているので該当商品を店内から掻き集

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【短編】ある晴れた日の午後4

【短編】ある晴れた日の午後4

「ディスプレイ、ねえ」

ファッションビルの中央入口を通り過ぎ、裏側の従業員出入口から入る。
郵便受けBOXから書類を取り出して、警備員にID証を見せてエレベーターホールまで進む。お客様用のエレベーターではないので、正直ボロボロだし下地のままみたいな質感で少しだけ乗り込むのに躊躇していたけど、今はもう慣れた。
行先階を押し、腕時計に目をやると、出社予定時刻の5分前だった。

予定より早く付けた事を

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【短編】ある晴れた日の午後3

【短編】ある晴れた日の午後3

後々振り返ってみたら、世紀における大発見だとかエポックメーキングだとか、その位の大きな意義のある1日は、当事者が全く意図しない形で突然訪れるのではないかと、いう結論をぼんやり考えていた。それは、例えば自分自身にしか影響しない事だとしても。ましてやそれが、人生最悪の出来事に匹敵する事だったとしても。

その日は、夜の10:30まで仕事をしていたと思う。

いくつかの路線を乗り継いで、新宿駅構内の出勤

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【短編】ある晴れた日の午後2

【短編】ある晴れた日の午後2

父の腕の中から離れて、よろよろと数歩進み、どこまでも続く新幹線のホームドアの鉄柵に触れる。
寒い場所で、より寒さを倍増させるような物に触れてしまって、手のひらから一気に駆け巡るそれを全身で受け止める。ぶるぶるが、止まらなくなった。

後ろを歩いていた父が、私の背中を押してきちんと歩く様に促す。
前を歩かされるのは嫌いだなあ、と思っていたと思う。
エスカレーターが見えて来て、しきりに後ずさる私に父は

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【短編】ある晴れた日の午後1

【短編】ある晴れた日の午後1

「あれは、雪女の足跡だよ」

思い出しうる最古の記憶は、父の胸に抱かれて、遠くの山肌に残るそれを見つめる記憶だった。

父のその言葉は、当時の私を震え上がらせる程、恐ろしく、抱き抱えられた胸の所を何度も掴もうとした。
父は少し笑って、顔を擦り合わせて大丈夫、と言うけれど、その頬は冷たく、少し剃り残した髭がぱちぱちと当たって逃げるように顔をうずめた。

新幹線のホームのガラス窓から眺める向こうの景色

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