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【短編】ある晴れた日の午後8

その後、どうやって帰ったのか、会社への報告をどのように済ませたのか思い出せないまま、気づけば祖母の家へ向かう新幹線の車内に居た。

最後に父と話したのは、いつだったか。

11月の中旬頃、珍しく酔っ払っている様子の父から連絡があった。
酷く疲れている声に聞こえたけど、翌日には荷物を送る旨のメールがきたので、大して気にも止めていなかった。
確かに様子が変だと認識はしたのに、どうしてもっとちゃんと話をしなかったんだろう。

祖母の家に着くと、すぐ居間に通された。
そこに横たわった白い布の形を、形容する言葉が思いつかなくて、少し距離を取って畳縁の内側のスペースに正座した。

どうして。

恐らく数十分はそのままだったのだろう、祖母がやって来て私の手を引き目を合わせて言う。
祖母の目は、真っ赤だった。
何度感情が高まり、後悔や悲しみの起伏が襲ってきた事だろう、父の最後に居合わせた祖母の気持ちを思うとあんまりだ、涙が溢れてきた。

「あすかちゃん。お父さんに、ちゃんと触ってあげて。ちゃんと顔見せてあげて。」
「やだよおばあちゃん。やだ。見られない。」
「やだじゃないの、見るの。」

祖母は私の手を引いて、白い布の所まで引っ張っていった。その時始めて、そこに横たわり続けているもの、直視する事が出来なかったものと正面から対峙した。
そして、腰が引けている私の手を強く引いて座らせる。手首を捕まえた祖母は、白い布から覗く決して青白いとは言えない肌を見つけて、私の手を押し当てようとした。

「やだあ。」

端っこで動けなくなっていたのは、この事実を受け入れたくなかったから、触れてしまったら、顔を見たら泣いてしまう、現実を受け入れなければならなくなる。

ほら、お父さん眠ってるみたいでしょう。


亡くなった人達に向けられる言葉として、恒久的に使われる常套句に違いないのに、そうとしか思えない。
眠っているだけであって欲しい。時間が戻って欲しい。どうしてお父さんが死ななきゃならなかったのか、どうして、しか出てこない。

祖母は泣いていた。

息子が先に死ぬ事程悲しい事はないと言うけれど、祖母の心を思うと堪らなくなった。

















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