u as me @paradise

プランテーションの隅の方で、ずっと続く畑とそこで働く方々の営みを眺め、なんとかついて行…

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プランテーションの隅の方で、ずっと続く畑とそこで働く方々の営みを眺め、なんとかついて行こうとしながら生きている、みたいな感じの色白です。

記事一覧

引っ越ししました

 それは夢に見た光景。曲がりくねった道の先にある硝子屋さん。3メートルほどの高さがある大きな窓の引き戸。中には木の台があって、何枚もの硝子が積み重ねられている。…

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引っ越し

夢でみた場所と同じ光景に出会ったという、それで住むことを決めたひとつの奇跡みたいな解釈によってつなぎ止められていたこの場所を離れ、また新たな場所へとお引っ越しを…

きのうの思い出

あるいは日記というものを、ということできのうあったことをひとつ、ふたつと数えながら眠る前に。 ひとつめ  木曜日の夜から金曜日の朝方にかけてわたしはずっと外にい…

雑記

10月が思いのほか早く過ぎてしまったので、10月にあったことを記しておこうかと思い、ここに記します。そうしないと、ほとんどのことを忘れてしまいそうだし、すると今…

電車は待ったらやってこない

 日曜日はちょっと少しだけ遠出をして行って参ったは「海芝浦駅」。この駅はJR鶴見線という神奈川にあるローカル線の終点なのですが、実にすばらしい場所であって、なにが…

心が叫びたがってるんだ。バカヤローッて

 『あの花の名前を僕達はまだ知らない。』、通称『あの花』はわりに好きなアニメだった。  引きこもりの男の子(高校生)・じんたんが主人公で、ぐうたらな生活を送る彼…

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硝子屋さんがなくなったから

 わたしは昔、カナダのトロントに住んでいたことがあった。全てが祝祭のような短い夏が終わり、秋の紅葉も早々に冬の予感がじりじりと歩み寄ってくる、それはちょうど今く…

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ハイボール無為

 きのう突然に舞い込んだ無理難題の山を登っていくうちに日は沈み、夜は更け、そして今日がきた。漸く諸々の整理がついて家に帰ってきたのは今日の昼過ぎ。なんともう。い…

なんでお前なんぞに

いやはや、右を向いても左を向いてもSNSでございます。 FacebookにTwitterに、今は専らLINE。特にLINEは、いちアプリかと思っていたら、もはやしっかりとしたインフラです…

脈略もなく突然襲われた感じ

わたしはある種のジャーナリズムの世界に少しだけ身を置いていて、それは情報を見つけてきてまとめて発信するという点で見る人にとってはジャーナリズムなのだけれど、大上…

3.11ですね。

 明日であれから4年が経とうとしている。あのときは4年後かくるとは思えなかった。  わたしは、揺れで目が覚めた。  大学を自分の都合で引き延ばしに引き延ばしたお…

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一つの時代が終わったみたいなそんな感じ

 ちょっと気が動転してしまって、コンビニでハイボールを買ってしまったよ。ハイボールは冷たくて、今日もまた夜はやっぱり寒いのであって、だから身体はツーンと冷えてい…

Adieu au Langage

自然とことば。 映されるものと映るもの。 自己と他者。 形と奇形。 不可視と可視。 感じられぬものと感じられるもの。 表象不可能性と表象可能性。 といった対立構…

冬に夏の思い出

この前は温かくて春がやってきたようでしたが、それは街をかすめただけで過ぎ去ってしまい、日付変わって今日の朝には雪が降るかもしれず、またしても冬が戻ってきまし…

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転校生の思い出

そのころわたしは小学校の低学年、東北の山に囲まれた町に住んでいました。 そこはその昔、町を流れる大きな川を利用した貿易で繁栄し、その地域では最初に鉄道が通り、…

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ボストン美術館 ミレー展

列に並んで何分たったのだろうか、エントランスにさしかかった頃には、すでに日が傾き始めていました。 先日、ボストン美術館ミレー展に行って参りました。「種をまく人」…

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引っ越ししました

 それは夢に見た光景。曲がりくねった道の先にある硝子屋さん。3メートルほどの高さがある大きな窓の引き戸。中には木の台があって、何枚もの硝子が積み重ねられている。ある角度からみるとそれはハッとさせられるくらい透明で鋭利に光っているがしかし、違う角度からみるとエメラルドのように濡れた緑色をしている。そんな硝子屋さんを夢で見た。

 そしてわたしはデジャヴュをした。それは東京で部屋を借りる時に内見で訪れ

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引っ越し

夢でみた場所と同じ光景に出会ったという、それで住むことを決めたひとつの奇跡みたいな解釈によってつなぎ止められていたこの場所を離れ、また新たな場所へとお引っ越しをすることにした。

そして、わたしはわたしひとりで生きていくのだと思っていた20代前半の、それもまたひとつの解釈でもってつなぎ止められていた「わたし」という居場所からもお引っ越しをして、ふたりですこし広いお家に住むことにした。

わたしはか

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きのうの思い出

あるいは日記というものを、ということできのうあったことをひとつ、ふたつと数えながら眠る前に。

ひとつめ 

木曜日の夜から金曜日の朝方にかけてわたしはずっと外にいて、何をしていたかと申せば人の話しを聞いていたのですけど(なんじゃそりゃ?という感じだけど、確かにそれは人の話しを聞くとしか言いようのないものでした。しかも路上で!)、それはそれは寒かったのでした。今年初の、肌を刺すような寒さでした。そ

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雑記

10月が思いのほか早く過ぎてしまったので、10月にあったことを記しておこうかと思い、ここに記します。そうしないと、ほとんどのことを忘れてしまいそうだし、すると今年の10月がなかったかのようになってしまいそうだから。

藤田嗣治の戦争画を観た。画を見て泣いている人がいて驚いた。

Don't Follow The Windを観た。行けない場所があるという窮屈感がとてもよくわかった。

村上隆の「五百

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電車は待ったらやってこない

 日曜日はちょっと少しだけ遠出をして行って参ったは「海芝浦駅」。この駅はJR鶴見線という神奈川にあるローカル線の終点なのですが、実にすばらしい場所であって、なにが素晴らしいって電車を降りると目の前は海!

 「目の前は海!」と言いつつ遠くの方に海がちらりと見える温泉なんてものはたくさんありますが、この距離をご覧下さい。文字通り目の前に広がるは海意外のなにものでもない海。波がホームに打ちつけておるの

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心が叫びたがってるんだ。バカヤローッて

 『あの花の名前を僕達はまだ知らない。』、通称『あの花』はわりに好きなアニメだった。

 引きこもりの男の子(高校生)・じんたんが主人公で、ぐうたらな生活を送る彼のもとにある日、幼なじみで既に死んでしまった女の子・めんまが現れる。彼女の姿を見られるのは、じんたんだけ。めんまは、かつて「超平和バスターズ」と名付けた幼なじみメンバーの集合を望み、じんたんはめんまの夢を叶えるために家を出て仲間集めを始め

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硝子屋さんがなくなったから

 わたしは昔、カナダのトロントに住んでいたことがあった。全てが祝祭のような短い夏が終わり、秋の紅葉も早々に冬の予感がじりじりと歩み寄ってくる、それはちょうど今くらいの時期だったか、わたしは夢を見た。

 わたしは夜のトロントの街をストリートカーに乗って走っていた。わたしが住んでいたダウンタウンのクイーンストリート・ウェストからチャイナタウンを北上し、ヤングストリートりへ。ヤングストリートからドミニ

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ハイボール無為

 きのう突然に舞い込んだ無理難題の山を登っていくうちに日は沈み、夜は更け、そして今日がきた。漸く諸々の整理がついて家に帰ってきたのは今日の昼過ぎ。なんともう。いわゆる徹夜というやつだ。本来であれば、きのうは20時には家にいられたのであったのだが、無理難題をいとも容易く投げ込む名投手がいるもので、なかなかうまくいかないものだ。

 その無理難題というのは、詳細は省くがもっと早くに知らせてくれれば徹夜

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なんでお前なんぞに

いやはや、右を向いても左を向いてもSNSでございます。

FacebookにTwitterに、今は専らLINE。特にLINEは、いちアプリかと思っていたら、もはやしっかりとしたインフラです。いやほんと、ほとんどの連絡がLINEでなされるようになりましたね。

この、SNSの常に誰かと繋がっている感じは、しかし、むしろ孤独感が助長されるものであって、誰かがどこかでなにかをしている写真を見て、そうなの

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脈略もなく突然襲われた感じ

わたしはある種のジャーナリズムの世界に少しだけ身を置いていて、それは情報を見つけてきてまとめて発信するという点で見る人にとってはジャーナリズムなのだけれど、大上段からジャーナリズムを構えている人に対しては頭が上がらず、だからこそある種なわけなのだけれど、それでも考えるわけです。情報が飛び出していってその後、わたしはその情報の受け止め方をコントロールできないということを。そして、コントロールできない

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3.11ですね。

 明日であれから4年が経とうとしている。あのときは4年後かくるとは思えなかった。

 わたしは、揺れで目が覚めた。

 大学を自分の都合で引き延ばしに引き延ばしたおかげで周りの友だちは既に働き始めていて、シュッとしたスーツに身を包んで太陽の下を出勤している中、わたしは長い夜に耐え忍んでようやく日が昇る頃に眠りにつくというような生活をおくっていた。わたしにだけ社会との間に薄い膜があるように感じていた

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一つの時代が終わったみたいなそんな感じ

 ちょっと気が動転してしまって、コンビニでハイボールを買ってしまったよ。ハイボールは冷たくて、今日もまた夜はやっぱり寒いのであって、だから身体はツーンと冷えていくのだけど、しかし、ちょうど歩道橋を渡っている頃になって温かいものが身体の中を巡っていくのを感じ、それはつまり酔いが回ってきたことを示すのだけれど、すこしふらっとしながらこんなことを思いました。一つの時代が終わったみたいだ、と。

 わたし

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Adieu au Langage

自然とことば。

映されるものと映るもの。

自己と他者。

形と奇形。

不可視と可視。

感じられぬものと感じられるもの。

表象不可能性と表象可能性。

といった対立構造が乱暴に並べられた形で展開していく映画「さらば、愛の言葉よ」を観てきました。

物語として、この映画は果たして成立しているのかどうかわかりません。

というか、何がなんだかわからない。笑

ゴダールの映画を久しぶりに観て、頭

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冬に夏の思い出

この前は温かくて春がやってきたようでしたが、それは街をかすめただけで過ぎ去ってしまい、日付変わって今日の朝には雪が降るかもしれず、またしても冬が戻ってきました。

 春はぼやっとやってきて、呼び鈴も鳴らさずに気づけば部屋の中で寝っころがりながらテレビを見ている感じで、対して冬は、「今キタ」というのがはっきりとしていて、ドアをどんどん叩くわ足でも蹴ってくるわで、歓迎する人もそうでない人もい

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転校生の思い出

そのころわたしは小学校の低学年、東北の山に囲まれた町に住んでいました。

そこはその昔、町を流れる大きな川を利用した貿易で繁栄し、その地域では最初に鉄道が通り、映画館や娼館があるような、(大都市には遥かに及ばないものの、しかし)その町を目指して物資や人が集まる、エネルギーのある町だったそうです。

ですから、その町には、(今思えば似つかわしくない)イオニア建築を思わせるような銀行の支店があった

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ボストン美術館 ミレー展

列に並んで何分たったのだろうか、エントランスにさしかかった頃には、すでに日が傾き始めていました。

先日、ボストン美術館ミレー展に行って参りました。「種をまく人」のやつです。

19世紀半ばのフランス・パリは政治的に混乱し、さらにコレラが流行し始めるときでもありましたから、けっこう大変だったんだろうと思います。そんな時に、ミレーは、パリ近郊のバルビゾンというところに家族で疎開します。森はどこまでも

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