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【授業思想】バックキャスト思考と"Will Based Learning"

SDGsが注目されるにつれて広まってきた「バックキャスト思考」という考え方。

もとはシナリオライティングの手法のひとつなのだそうだが、社会科の授業を組み立てる上でも非常に重要な考え方だと感じる。

この記事では「バックキャスト思考」と、その反対の概念である「フォアキャスト思考」について学び、バックキャスト思考を社会科の授業に取り入れる方法を模索する。

フォアキャスト思考とは?

フォアキャスト思考とは、現在を始点として未来について考える思考方法である。「今できることからやる」という立場を取り、現在の延長線上に未来を描く。

現状の問題点を見つけ、「改善」を志向する際の考え方だ。ただしSDGsが示すような「望ましい未来像」について検討するわけではないため、フォアキャスト思考で大きな「改革」を志向するのは難しい。

バックキャスト思考とは?

バックキャスト思考とは、最初に望ましい未来像を描き、その未来像を実現するための道筋を考える思考法である。

今の状況に関わらず「望ましい未来像」を描くことから始めるため、大きな「改革」を志向する際に有効である。

ただし現状について考えることを後回しにするため、目の前に存在する問題に対処する「改善」を志向することは難しいし、あまりに現実離れした「望ましい未来像」を描いてしまうと、ただの「夢物語」に終止してしまう恐れもある。

VUCAの時代

現在はVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)の時代と言われる。

もちろん「改善」を積み重ねることは大切だが、予測困難なこの時代においては、「改善」の途中で新たな問題が発生する可能性も高いし、改善のために用いた方策があらたな問題を生む「アポリア」に陥る可能性もある。

コロナウィルスへの日本の対応は、まさにこのアポリア状態の典型例だろう。ウィルスの流行を抑えるために国民の行動を制限する。結果、経済活動が停滞し、職を失う人が増える。子どもは学校にいけなくなり、家庭内暴力が増加する。

こうなってしまったのは日本が「フォアキャスト思考」にのみ基づいてその場の問題に対処しているだけで、「バックキャスト思考」によって「望ましい未来像」を描くことをしていないからではないだろうか。

社会科の目的

社会科の目的は、社会の形成者たる市民(学習指導要領では「公民」と表現されているが)を育てることである。

高校と違って、中学校の社会科には「地理科」「歴史科」「政治・経済科」などはない。

つまり社会科の授業は「地理」や「歴史」、「政治」や「経済」そのものを教えるためのものではない。

それらを材料に、社会の形成者に必要な資質・能力を身につけさせるための教科なのだ。

ではこのVUCAの時代、コロナ対応のアポリア状況も踏まえて考えた時、社会の形成者に必要な資質・能力とはなにか。

それはまさに「バックキャスト思考」に必要とされる「望ましい未来像」を描く力、そしてその実現のための道筋を考える力ではないだろうか。

社会科の学習方法

社会科に限らず現在注目されている学習方法”PBL”(プロブレム・ベースド・ラーニング)は、フォアキャスト思考に基づく学習法である。現状を調べ、問題点を見つけ、その改善策を考える。

また”PBL”(プロジェクト・ベースド・ラーニング)は作品の完成を目指して学習を進めていくという点でバックキャスト思考に近いが、「望ましい未来像」と言えるほど遠くまで見据えている学習ではないように思える。

やはりどちらかといえば「問題解決」、つまり現状の問題点を改善するための学習という側面が強いのではないだろうか。

"Will Based Learning"

では社会科の学習を「バックキャスト思考」に基づくものにするには、そして「バックキャスト思考」に必要とされる力を身につけさせるには、どうすればよいのだろうか。

私は「どのような社会が”よい社会”なのか」という問いを中核に据えた授業によって「バックキャスト思考」に基づく授業を行えると考える。

この問いに対する自分なりの意見を作り上げ、他の生徒と議論する中で意見を調整・深化させていく。

これを繰り返し行うことで「望ましい未来像」についての意見をもつことができるようになる。

また「どうすれば”よい社会”をつくることができるか」という問いを合わせることで、未来像へ向かう道筋を描く力も身につけることができるだろう。

この授業では、生徒たち自身の「意思=Will」に基づいて学習が行われることになる。P(Problem、Project)ではなくW(Will)に基づいたこの学習方法を、WBL(Will Based Learning)と呼ぶこととしたい。

具体例

WBLを実現させ、VUCA時代の社会の形成者を育てるためには、具体的にはどうしたらよいのか。3年間の授業の中核となる問いを次のように配置してはどうだろうか。

1学年:この社会(世界地理の各地域、歴史の各時代)は”よい社会”と言えるか。/”よい社会”とはどのような社会か。

2学年:この社会を”よい社会”にするために1つだけ何かできるとしたら、何をすべきか。

3学年(公民):〇〇(政治など公民の各単元)の視点から考えた”よい社会”とはどのような社会か。10年後にそれを実現するにはどうしたらよいか。

中学校に入学したばかりの1年生に、いきなり”よい社会”を定義させるのは難しい。そのため「”よい社会と言えるか”」というYes/Noで答えられる問いを用いる。

この問への答えを積み重ねることで、帰納的に自分の考える”よい社会”の定義を見出させるのである。

地理的分野・歴史的分野の各単元でこれを行った上で、学年末には「あなたの考える”よい社会”とはどのような社会か」という大きな問に答えさせる活動を入れたい。

こうすることで、そこまで難しいとは感じさせずに、自分なりの”よい社会”の定義にたどり着くことができるだろう。

2学年では、1学年で考えた”よい社会”を実現するための方法について考える。

ここでも地理的分野・歴史的分野の各単元を使いたい。”よい社会”の定義というフィルターを通して各単元(日本の諸地域、各時代)を見ることで、理想と現実とのギャップに気づき、現実から理想に至る道筋を考えることができるだろう。

「1つだけ」としたのは、数を絞ることで考えやすくなる効果があるからだ。

3学年ではそれまでの思考経験を活かして、現代社会について様々な視点から考える。

「フォアキャスト思考」で社会問題を個別に見ていくと「アポリア」に気づきづらい。

しかし「バックキャスト思考」で、”よい社会”の定義に基づいて考えると、社会に存在するアポリアや自分の意見の矛盾に気づきやすくなる。

これに気づき、各視点から社会全体を見ることが、社会の形成者に必要な資質・能力を高めることにつながるのではないだろうか。

もちろん、1年次にたどり着いたWillに、その後縛られ続ける必要はない。

VUCAの時代、社会情勢も変われば自分の考えも変わる。学友との議論の中で意見の調整を迫られることもあるだろうし、考えが深まることによって定義が変化していくこともあるだろう。

こうした変化は歓迎すべきものだし、実際の社会でも状況に合わせて意見を変化させながら生きていくことが必要になる。

変わってもいいが「今の自分はこう考えているのだ」という意思=Willをもつことが大切なのだということを、この授業を通して伝えていきたいと思う。

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