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「ありがとぉ」という表記の問題

先日、小田急の電車のなかで見た広告。

小田急の「子育て応援車」PR広告だ。

(11月29日撮影)


海老名駅の顔出しパネルで、親子で記念撮影したとき、駅員さんが子供に制帽を貸してくれてうれしかった、という。

親子の幸福なエピソードが描かれた漫画。

小田急は子育てを応援してます、というメッセージ。

いい広告だと思う。

かわいらしい絵柄とともに、私もしばし心があたたまった。


でも、その漫画の1コマの、「ありがとぉ」という表記にひっかかって、思わずスマホで写真をとった次第。


以下に述べるのは、べつに広告へのクレームではないのをご理解いただきたい。

結論的には、私はこの表記でいいと思っている。

でも、もし、私がこの漫画原稿の編集者なら、この表記にひっかかっただろう、という話だ。



実際、編集者時代に、このような「変則的な仮名遣い」に何度も出会って、悩んだ記憶がある。

多いのは、「こんにちわ」「こんばんわ」だ(カタカナ書きである場合が多い)。

もちろん、「こんにちは」「こんばんは」が正しいのだが、「わ」でないと感じが出ない、という作家がいた。


コンニチワ、というのは、音をそのまま表現した表記で、それはそれで「アリ」だと思う。

漫画雑誌では、こうした表記はふつうに許容されているだろう。いまは小説やエッセーでも使われているかもしれない。


だけど、私が新聞の編集者であったときは、外部の作家にたいしても、できるだけ標準的仮名遣いに直してもらった。

新聞は日本語の模範を示すものだ、という意識があった。

一般にも、「新聞に書いてあることが正しい」という信仰が強く、言葉遣いに関してもそうだったのだ。(いまはそうでもないだろうが)

新聞は、子供たちも読む。もし「こんにちわ」が正しいと信じ、学校の試験で書いて、バツをもらったらーーとか考えたのである。



「ありがとぉ」についてはどうだろう。

実際に「ありがとお」と書いた原稿を相手にした経験はなかったが、もしそんな原稿が新聞社の私のところに来たら、どう対応しただろうか。

「お」が小さいのもポイントだ。

「ありがとぅ」では感じが出ないだろうか。

「ありがとー」なら、セーフだろうか。

とか、電車のなかで、いろいろ考えてしまった。



ほかには、助詞の「は」を、表音どおり「わ」と書いたりするのもある。

ネット時代になり、私の現役時代よりも、表記の自由度はさらに増している。


少し前(2014年)だが、こうした非標準的な仮名遣いの濫用が目に余る、という趣旨の意見がネットに投稿されたことがあった。


まぢ、ゆう(言う)、小文字、わ(は)、ありがと”お” こう言う少し普通とは違う言葉を使っている人が許せない方いらっしゃいますか。

知恵袋でもたまに見かけますが、私はこう言うふざけた言葉を使う方のことをどうしても理解ができません。理解したいとも思いませんし、私がひねくれているだけだと思いますが…。

(yahoo知恵袋 2014)


それに対して、


私は1年半くらいまで、質問者様の言う『わ』を使っていました。その頃の感覚は、こういうの使ったら可愛いのかな?くらいでしたが、だんだん恥ずかしくなってやめました。


と答えている人がいた。

なるほど、表音どおりの仮名遣いには、「可愛くする」という効果があるらしい。

「ありがとぉ」も、やはりその効果を狙っているのだろう。「ありがとぅ」では、可愛くない、と。



そもそも、「音」と矛盾している仮名遣いがおかしいともいえる。言文一致に違反している。

「わたしわパスタお食べた」

で、なぜいけないのか。徹底した表音主義ではそれで正しいことになるだろう。


表現は自由であって、「ありがとぉ」が可愛い効果を生んでいるのも納得できる。

漫画全体のなかで、この1コマが「きも」であり、表現で妥協できないのも理解できる。

だから、この小田急広告の表記は、これでいいと思う。

というか、この表記を許容した編集者は、偉いと思う。


結論的には、それが標準的な表記ではないことを知って、あえて使う分には許容されるべきだろう。

問題は、それが読者に「正しい」と誤解されてしまう場合、表記の知識を混乱させてしまう場合だ。

小田急のは、子供の目に触れる車中の広告であり、私が編集者なら、やはり悩んだと思う。

いや、現役時代に、「こんにちわ」を「こんにちは」に直した私のほうが間違っていたのか・・

とか、ウジウジ考えているうちに、目的の駅についた。




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