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出版市場は急成長している 「すずめの戸締まり」と世界の「コミック化」について

「すずめ」の快挙


昨年公開された「すずめの戸締まり」は、興収144億円で、日本歴代14位の成績だったが、中国で公開されると、その興収は、日本を超える146億円となった。

そのニュースを受けて、新海誠監督は昨日、「日本アニメの世界興行が別のフェーズに入った」とツイートした。


国内で興収100億を超えた作品で、海外一国がそれをさらに上回るというのは史上初です。また『すずめ』は、全ての日本映画の中で海外興収一位となりました。 個人的には、日本のアニメーションの世界興行が別のフェーズに入ったと実感しています。これまで他の様々な作品が積み上げてきたことの成果でも


ただ、「鬼滅の刃」や「スラムダンク」などで、コロナ期に、日本アニメの興収がすでに「別のフェーズに入った」と感じていた人も多いのではないか。

コロナ期に、何かが大きく動いた。

「別フェーズに入った」のは、日本の出版市場も同様であり、それは、新海監督がいうアニメの「別フェーズ」と無関係ではないはず、というのが今日の話。


逆転した常識


もうすでに色々分析・論評されていると思うが、コロナ期に出版市場に現れた変化は、過去の「常識」を完全にひっくり返している。


過去の常識(1995〜2019ごろ)

・出版市場は衰退している

・ネットが出版を衰退させている


現在の常識(2020〜)

・出版市場は成長している

・ネットが出版を成長させている


そして、とくにコミックについては、


・コミック市場は過去最高に(ネット登場前よりも)急成長している


hon.jp 2023年2月24日 鷹野凌氏記事より


出版科学研究所より


そしてこれは、ある程度世界的に起こっている。


コミック以外の紙    →減少
コミック以外のデジタル →維持〜微増
コミックの紙      →維持〜微減
コミックのデジタル   →急成長

電子コミックの成長分が、非コミックの減少分を上回ったおかげで、1990年代後半から減少の一途だった日本の出版市場が、コロナ期(2020、21)に「微増」を経験している。


hon.jp 2023年1月23日 鷹野凌氏記事より


(前コロナ期の出版不況は、出版がネットに食われていたのではなく、コミック需要が活字を圧倒していく中での「需給ギャップ」が実体だったのかもしれない。活字が供給過剰で、コミックが供給不足になっていた。コミックがデジタル化され、ネットの違法コミックが駆逐されて、市場の急伸につながった)


変わる「読書」イメージ


「出版」という言葉で、人は「本」や「雑誌」をイメージするかもしれないが、「スマホ」をイメージしたほうが妥当である時代が近づいている。

上の2022年のグラフでわかるとおり、

紙の本(書籍)を読んでいる人は、(売上比で)出版市場全体の約40%

それに対して、電子コミックを読んでいる人は、約27%

前者は停滞し、後者が急伸しているから、まもなく、「紙の本を読んでいる人」を、「スマホなどで電子コミックを読んでいる人」が抜くだろう。

「電車で、みんなスマホばかり見ていて、本を読んでいる人がいなくなった」

とよく言われるが、実際には、すでにその何割かがスマホで「本(電子コミック)」を読んでいるかもしれず、それがいずれ「読書」の普通の形になる。


コロナ期にはっきりしたトレンド


つまり、

・非コミック(減少)→コミック(増加)
・紙(減少)→ デジタル(増加)

というトレンドがはっきりしており、「非コミック・紙」市場と、「コミック・デジタル」市場の格差が広がっている。

「紙」の中でも(コミック市場においても)、書籍より雑誌の落ち込みが大きい。


このトレンドに乗った出版社が伸び、あるいは生き残り、このトレンドに逆らう出版社は淘汰される。

同じような傾向は、ある程度、世界的に見られる。

北米市場では、コミック市場の伸びは同じながら、「紙」のコミックが急成長しており、そのトレンドに乗った書店も成長できる。


コミックの中でも、今後は韓国のような「ウェブトューン」の流行、すなわち、

・デジタルコンテンツ一般 →スマホに最適化したコンテンツ

へのトレンドがあると言われる。


アニメ市場が「別フェーズ」になった理由


こうした「出版のコミック化」が世界中で起こっていることで、例えば映画でも、コミック原作やアニメが各国で主流になりつつある。

つまり、コロナ期を通じて、コミック市場(デジタル+紙)が「史上最高」水準まで急成長しており、

それが、新海監督のいう、世界的なアニメ市場の「別フェーズ」をもたらした、というのが私の仮説だ。

これを「世界のコミック化」と呼びたい。


ポスト・コロナ期


ポスト・コロナ期で、また変化があるかもしれないが、すでに「活字は読まないがコミックは読む」読者層が膨らんでおり、このトレンドが逆転するとは思えない。

このトレンドと、デジタル化の進行により、「出版」の概念が問い直されざるを得ないだろう。例えば、この「note」みたいなものは「出版」に入るのか、とか。

これから生まれてくる子供は、手にしたタブレットの中で、「本」も「テレビ」も「映画」も「YouTube」も見るようになるだろう。

そうなると、「出版」「放送」「通信」「ネット」などが融合し、「結局は1つのコンテンツ市場しかない」という考えがますます強まるのではないか。


なお、紙の活字を読まなくなると、文化が衰退する、人間が馬鹿になる、といったオピニオン自体も、このトレンドの中で担い手を失って消えていくだろう。(陳腐な意見だが、それによる「知性」の欠損は、AIが埋め合わせするかもしれない)

ただ、「活字」の側も、例えば「スマホに最適化したコンテンツ」を追求するなど、発想を変えれば活路があるのではないか。

また、こうした傾向が世界的になっていることは、長期的には「アニメ大国」日本の優位を崩していくと思われる。


余談:儒教文化の終わり?


「すずめの戸締まり」の中国での興収を聞いて、最近、あるCMディレクターから聞いた話を思い出した。

なぜ中国発のアニメが少ないのか。中国人はあんなに絵がうまく、日本のアニメ業界でもたくさん働いていたのに。

「表現の自由」の問題かと思っていたが、そのCMディレクターは、

「中国人は本(活字)を読むから、コミック文化が栄えない」

という意見だった。


日本・韓国(朝鮮)・中国は、同じ儒教文化であり、皆「本(活字)が好きな文化」だと言われていた。

今は知らないが、昔の世界の読書率調査を見ると、男女差があるのが普通だった。つまり、本を読むのは女で、男はあまり読まない。ドナルド・トランプのようなのが本を読む姿は想像できないでしょう。

「男が本(活字)を好んで読む」のは、儒教の影響だと言われた。だから、儒教文化の影響が強い、日本・韓国・中国などの統計では、確かに読書率が高く、男女差もなかった。


それなのに、日本でコミック文化が進んだのは、日本で最初に儒教文化が崩れたということなのだろうか。

今後は、中国や韓国でも、儒教文化が崩れていくということなのだろうか。

儒教文化の延長線上で、本(活字)を読んで人間性を成長させる、人格を陶冶する、というのが、明治以降の「教養主義」だった。それがなくなるということなのだろうか。

それは、「人格」に影響するのだろうか。あるいは、別の形で(例えばコミックを通じて)人格を陶冶する新たな教養主義の文化ができつつあるということなのだろうか。

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