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たぶん好きだった女性(ひと)の話

※この記事にはLGBTQのお話や性被害のお話、精神疾患や発達障害のお話、イリーガルなお話もありますので、ご一読の際はご注意ください※


初めに

私には昔、おそらく好きだった女性がいました。

彼女について

彼女は一見するといわゆる『デキる女性』の典型の様な方でした。どんな忙しさにも負けないタフネス、キリリと整った顔立ちに仕事への決意が表れたようなベリーショートヘアー、服装はいつもパンツスタイル、部下に指示を出す動作には無駄がなく、判断は折り紙付きの素早さ。30代と言う異例の若さで部長へと昇進、誰もが一目置かざるを得ない鋭敏なビジネスパーソン。
それが彼女の第一印象でした。

変化

ところがそれは彼女の表層でしかなく、本質的な彼女は根っからのお人好しで人の悪いところを見抜けない、外観とは裏腹に涙脆い、テキパキとした仕事のスタイルの一方、所作はむしろ丁寧でたおやか、言葉遣いも美しく一度もカジュアルに汚い言葉を使ったことなどありませんでした。
部下が熱を出して急遽休みが決まった時ですら「〇〇さんはお熱でお休みです」と宣(のたま)ってました。保育園の先生か何かか、と思わず心の中で突っ込みました。
方言が強い人だったので、一般的にはその方言の強さが目立ち過ぎて彼女の言葉遣いは暫くしないと気がつけませんでした。
そしてその自身の訛りの激しさにも親しい同期から指摘されるまで気が付かない様な愛らしい人でした。天然か。

恋心と彼女の事情

そんな彼女のギャップと人間味のある姿に触れる内に、いつしか私の視界の中で彼女だけが際立って浮き彫りになる様になりました。

たぶん、恋でした。

その感情は日に日に蓄積され、私の中で彼女の情報や立場上ほんの少ししか話す機会がない中での彼女の声や言葉も、仄かな温かみを持って累積していきました。

ただその感情を誰かに話すには、余りにも憚られる事情がありました。
私は精神疾患のある障害雇用者、対して彼女は正社員のエリート。
年収もスペックも何もかもが違いすぎ、雲どころか大気圏突き抜けた位の目上のお方。
何ならそんな彼女に恋をした自身の身分知らずの傲慢さに、穴があったら入りたくなるほど恥ずかしくなる位でした。

それに何よりも、彼女は既婚者でした。

その事については、私が彼女への感情を自覚した後に知りました。
指輪もネックレスもブレスレットも、それらしい”何か”を一切しない人だったので。
そして普段から「旦那が〜」などそれらしい会話も事情あって一切しない人だったので。

私なりのスタンス


おそらく、相手を既婚者と知らずに恋をしてしまうご経験は一定数の方々にあるでしょう。

もちろん、相手と自分との関係性を壊さないために、信頼できる人に話を打ち明けて自分の心を沈めるのも素晴らしい手段だと思います。

ただ、私の場合はこの気持ちを一切誰にも話しませんでした。

私自身、この田舎でセクシャル・マイノリティであることが社内に露見するのは、リスキー過ぎてパートナーシップ宣誓の機会でもない限りは話せません。
また、どんなに信頼できる上司でも1人に言ってその心を認められてしまったら、厳しく律している自分の気持ちがただ漏れてしまうリスクも怖かったです。

何よりもこの事が彼女に露見したら、彼女の人間性上、困るでしょう。
気持ち悪がりはしない、ただ申し訳なく思って困る。
そういう類の人なのは普段の彼女の言動を見ていれば、ASDの特性で人の気持がわからない私にもわかりました。

彼女が困ること。
それは私のような障害者雇用にも対等に人として接し、理解促進にも積極的に関与してくれる様な人には私が一番したくないことでした。

そうは言っても人間、簡単に割り切れる訳もなく、常に相反する感情が私の内に渦巻きました。

別の記事に書きましたが、私の性被害の後遺症から恋人らしい行為全般について、どうしても寒気がしたり、時には意識が飛んで「気持ち悪い!」といつの間にか相手を拒んでいたりします。
第一、彼女は既婚者です。
イリーガルもいいところです。

それでも一度深い敬意と共に彼女を特別視してしまったら、望ましくない感情は溢れます。

たとえ、それが私の後遺症で失敗に終わっても彼女に触れる事を許されたい。
吐き気を堪えてでも、彼女が望むなら彼女が望むことをしたい。
一層、彼女が独身だったら。
忙しい彼女に代わって、家事なら何だってしてあげたいのに。
毎日好きな料理を作って、お風呂にお気に入りの入浴剤も入れて帰りを待つのに。
どうか激務に追われる彼女を、一時だけでもリラックスさせる権利のある存在になりたい。
たとえ一瞬でも、彼女の側にいる権利を与えられたい。

それが、恋人とはまるでかけ離れた只の偶然の酔っ払った上長の愚痴聞きの介抱役だったとしても。

忙しい最中で旦那さんと通話しているのを目撃した時は、表面上は涼しい顔をしても、烏滸(おこ)がましい事に嫉妬と絶望をしていました。
決して職場では見せない、愛している人間相手への特有の表情。他人からすると少し暑苦しさや気持ち悪さも感じるようなキラキラとした瞳をしていたから。
彼女は普段から瞳の美しい人でした。
笑うと、真っ黒の太陽が綺麗な弧を描く瞼に閉じ込められながら白磁の肌の顔の中央に2つ輝いているような、そんな人でした。
それでも、その時の瞳はいつものキラキラとは異なりました。

それでも誰にも打ち明けませんでした。
前述の通りひとたび何処かから情報が漏れ出てしまえば、私はより仕事をし辛くなるでしょう。
何より彼女に気を遣わせてしまう。

障害者雇用という時点で気を遣わせているのに、これ以上気を遣わせる訳にはいきませんでした。

何が私をそうさせたか

ここまでお読みくださった方の中には「そこまで徹底しなくても…」と思った方や「重すぎる」と思った方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、下記の訳あって私は彼女に多大な敬意を払っていました。
そんな尊敬する人を困らせる事は個人的に絶対にしたくありませんでした。

・本当は旦那さんは精神疾患で休職中だから、彼女1人で家計を支えていること。
・だから何度も本社からお呼びがかかっているのに、断っていること。
・親族に障害者がいるから、尚の事障害者の理解に積極的な事。 
・自分自身は長らくスポーツをしてきて今だって本当は続けていたいのに、旦那さんの事情で中断していること。
・ある日のお昼休みに社会人スポーツの話に及んでも、事情のある様子すら勘付かせない程いつも通りに朗らかに話し続けること。
・上記の通りあまりにも多くの事を抱えているのに、そんな事情は全く見せずに、いつも明るく笑顔でいること。
・部下への態度としては傾聴に徹し、冷静に愉し、元は体育会系なので自身は気合で乗り越えた事も数多くあったのに、困難にぶつかっている部下に対しては根性論を滔々(とうとう)と説く様な事は一切しないこと。

そんな人にこれ以上何を言えるでしょうか。

私にできることは何も知らない振りをして、彼女との話の中で知らされた事については、機会を伺って時々様子を聞き、ひたすら仕事を正確に丁寧にすることだけでした。

それから

幸い旦那さんの調子が回復したのか、約1年後、彼女は無事に本社へと異動しました。
更に手の届かない存在になりました。
けれど不思議とそれを寂しく思いませんでした。どちらかと言えば、もう彼女の事についてバレる可能性がなくなったのでホッとしました。
私がこのように穏やかに思えるのも、彼女と言う人の人徳のなせるものなのかもしれません。

彼女は到底私が手を伸ばして良い相手ではありませんでした。
でもそれで良いのです。

綺麗事の様に聞こえますが、旦那さんに嫉妬してる時だっていつだって、私の一番の願いは彼女が明るく笑顔で幸せでいることでしたから。

偶に部署を隔てたMTGで姿を見ることもありますが、もうあの時の様な特別視はしていません。
誰にも知られない厄介な嵐は全て去りました。
私は凪の上から高い山頂や雲を見上げています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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