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短編小説「■■■■」



 ※私が偶然発見した偉人である彼の日記は既に多くの箇所が黒塗りされていた。あの事件後、世間的に蔓延していた左翼主義者らと最後まで争い、妻を愛した人物である。その最右翼的ポジションにあった彼こそが、この日記の持ち主であった。彼の没後に近親者の間でも歴史的価値からの保存か、一族の汚点として破棄するかの2択を迫られたのは容易に想像がつく。しかし、結果としては妥協案がとられた。戦後日本教育でも見られた黒塗りが採用されたのである。この日記も前後の文から特定ができない様に、強い思想箇所や人物名が黒く塗られている。ここでは、その一部を抜粋し、彼の素晴らしい人となりに少しでも触れていただきたい。彼こそ、我々の偉大なる父である。




 2月9日 曇 
 正午過ぎに■■■氏から電話あり。私が留守であった為、妻が対応。折り返しの電話が欲しい旨を帰宅後に妻から聞かされる。■■■氏は■■■■派ではあるが、人類の化学技術の発展の礎となれるのならば、敵対する私の靴でも喜んで舐めるだろう。それほどの気骨のある男である。油断ならん。ほだされてはいけないと注意し、夕方に■■■氏に電話をかける。10分ほどの会話の結果、来週■■■氏の邸宅にて夕食会に参加することになった。勿論、妻も共に参列する。気が進まんが、仕方ない。■■派の代表の私が逃げるような姿勢をとることは、許されない。




 2月11日 晴
 妻の作る魚の煮付けが最近美味い。絶品であった。




 2月15日 曇
 ■■■氏の邸宅にはPM7時過ぎに着いた。玄関の呼び鈴を押し、■■■氏が鍵を開けるのを待つ間、庭先にある空の鉢植えが気になった。草木を愛でる殊勝な心持ちを、■■■氏が持ち合わせていることに驚いた。夕食会は形だけであった。■■■氏は独身である。テーブルには私と妻と■■■氏のみである。■■■氏は食事中、ことある毎に私の■■■■自身を愛する思想は今後、淘汰されていく理由を理論立てて説明した。私はその話の内容には、ある程度の理解を示す姿勢を見せたが、妻の前でそのようなことを話す■■■氏の気がしれなかった。人でなしである。強烈なエゴにより動かされてる■■■氏は、まるで賢者が纏う服装を着ただけの馬鹿な■■である。■■■■を心から愛する私とは相容れない。私は夕食会の終わりに■■■氏から〝君の■■■■に求める完璧さは■■を愛する気持ちをいつか■す。そうなれば人類が行き着く先は死だ〟その言葉を聞き、妻は涙を流しゆっくりと頷いた。その妻の反応を受け■■■氏は心底不思議がっていた。非常に不愉快であった。




 2月16日 晴
 妻が私に気を遣い、昨日の夕食会のことは一切話さない。その代わり、新しいワンピースが欲しいとせがんできた。前に買ったもので十分だらうと話したが、〝歳を取れば体型も少しかわるのよ。そんなこと言わせないで〟と返されてしまった。私は驚いて何も言えなかった。




 2月27日 雨
 まだ詳細はわからんが恐ろしい事故である。あれほどの大きな船が沈没したとなると、一体どれほどの被害が出るのだろうか。1人でも多くの人間が救われることを祈るばかりである。




 3月15日 大雨
 今日もまた■■■氏がテレビで沈没事故を利用し■■■■派が真であるという、巫山戯ふざけた講釈を電波に乗せて発信している。しかし、あの沈没事故が■■派か■■■■派の議論を焚き付ける起爆剤になるとは、想像もつかないかった。沈没する船の中で、救命胴衣を付け助けられた見た目が■■の■■■■。従来の■■■■らしい見た目だったならば、■■■■は船と運命を共にし、その代わりに他の者の命が救われた。だからこそ、〝■■■■に■■の容姿など必要ない〟■■■氏が今回の事故を利用して推し進めている暴論である。私はこの暴論が世間に浸透する前に、なんとしてでも止めなければならない。愛した■■の容姿をした■■■■の妻のために。




【我々ロボットを愛してくれた人間たち】2145年創刊号から抜粋




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