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感想:THE FIRST SLAM DUNK

映像と音響が素晴らしかった。純然たる井上雄彦の“原作漫画の映画化”であり、良くも悪くもテレビアニメ版の続編ではなかった。原作を未読でもそこそこ楽しめると思うけど、大事なことの多くが説明ゼロなので、深く感動したいなら原作は必修だと思われる。これからご覧になる方には、その点だけ参考にしていただければ嬉しい。

さて。以下は #ネタバレ 感想になるので閲覧にはご注意ください。

この映画はまずは原作だけ読んで、映画の情報は入れないで観た方が楽しめると思います。(何より制作側が情報を出さなかったのだから)

▼ネタバレ感想:

事前の情報解禁がほとんど無かったが、予告編解析班の予想通りでインターハイ山王戦をすっぽり収める内容だった。

●物語について

私はてっきりTHE FIRSTというタイトルから本映画では試合前半のみで近日公開のTHE SECONDで後半をやる【二部作構成】なのかと読んでいたが、ちょっと拍子抜け。というのも、本映画では山王戦を2時間に収めるために山王メンバーと桜木のエピソードが大きく削られているからだ。

原作漫画では山王戦には単行本7巻(完全版5巻)を費やして、並行して山王メンバーの過去を描くことでドラマに厚みを持たせていたが、本映画ではごっそりカット。桜木の「大好きです。今度は嘘じゃないっす」もカット。三井の感覚がなくなっていく描写も薄味。試合後日の少し髪が伸びた桜木と、全日本のユニフォームを見せびらかす流川もカット。マジかよ。思い切ったなあ。

取捨選択は尺の都合からある程度は仕方ないとしても、本映画ではオリジナル要素として宮城リョータの回想シーンがガッツリ大量挿入されているため、原作を知る者としては「うーんそっちを見せてくれるのも嬉しいけど、これでは相手チームの強さが分かりにくいし、私は原作漫画のアレが見たかったのに」というノイズも正直生まれてしまう。誤解を恐れずに言えば、あの悪名高き映画『ドラゴンクエスト:ユア・ストーリー』の前半部分の強引なダイジェストと同じような物足りなさがあった。

(あくまで前半と似ているって話であって、後半ではないですよw)

しかし無理もない。あの莫大な量のドラマ(単行本7巻)を映像化するのに、2時間では短すぎるのだ。これは長編の漫画や小説から作られる映画が避けて通れない宿命である。ドラマを漏れなく映像化するなら1時間7話構成のリミテッドシリーズにするのが妥当だっただろう。

宮城リョータのストーリーに一極集中する大胆な構成・編集は、本映画を“一つの独立した映画作品”として優れたものにすることに貢献している。しかし“原作漫画の映画版”として考えると少し寂しい作品になった。また制作チームがあわよくば原作漫画の名場面をできるだけ含めようと努力したことで、しばしば映画の焦点が宮城から外れてしまい、原作を知ってる人だけが感情移入できるエピソードの連続となり、結果として映画全体の散漫な印象を形成する要因になってしまった気もする。

これは原作ファンが文句を言ってるのみに留まらず、本映画が初見となる新規の観客にとっても「一度は原作を読んだことがある人でないとクライマックスの怒涛のカタルシスは得られない」という弊害になるだろうし、最後に描かれるアメリカの大学リーグでプレイするカリメロ君も何のことだかサッパリ分からないだろう。

そういう意味で、事前によくアピールされていた映像や音響のクオリティはさておき物語としては、あと一歩の魅力に欠ける惜しい作品になってしまったと思う。

更に言えば、今回の映画化で山王戦という【最強のカード】を使ってしまったので、「あの原作漫画に存在した名シーンや名台詞は、もう映像化されなくなったのかもしれない」と考えると、正直「ちょっと勿体なかった(無駄遣いだった)のではないか」と感じてしまう。

●映像・音響・演出について

ただ、たとえ一部分(宮城リョータの物語)しか描けないとしても、令和の時代に井上雄彦が作りたかったバスケ映画とは「こういうもの」であったということならば、この結果を受け入れるしかないだろう。

物語の取捨選択にこそ不満があるが、見せ方と演出は非常に上手かったと思う。

いまだにSNSでは文句をチラホラ見かける3DCGを用いた描画も(意識的に毛嫌いしなければ)すぐに慣れる。

本映画の3DCGは全体的に敢えてカクカク見えるように処理されている。いわゆるディズニーのようなヌルヌル動くCGアニメではなくて、敢えて写真を連続して見せられているようにしているのだと思う。これはスピルバーグの実写映画『プライベート・ライアン』でも使われている手法である。冒頭のノルマンディー上陸作戦はこの技法を使うことによって、戦場でカメラマンが撮ったスチール写真を見ているような感覚になる。本映画でも同じような効果を狙っていると思われる。原作漫画がバスケットボール雑誌の写真のようなカットが多かったように、井上雄彦は映画でも写真を見ている感覚を追求したのだろう。(この意図を知ってか知らずか「3DCGって不自然で変なアニメw」と揶揄してるネット民は、私には少し滑稽に見える)

Saving Private Ryan (1998)

音響も良かった。試合会場の観客の声や、ボールの弾む音などはリアルで心地良かった。是非とも音響の良い映画館で観るべき映画だと思った。(私は+200円追加料金を払ってドルビーアトモスで観覧して満足した)

音楽はバチクソ格好良い。井上雄彦が執筆中にいつも聴いている(いた)というThe Birthday(サウンド的には事実上のthee michelle gun elephantだよね)の金属と煙草がヒリヒリするようなOP曲も、ティザー予告で使われていて劇中歌にもなってる刺激的な10-FEETのED曲も映画の雰囲気によくマッチしていて楽しかった。

The Birthday - LOVE ROCKETS [MV]
(OP Theme Song of "THE FIRST SLAM DUNK")

OPクレジットでいきなり山王高校が説明なしでドドンと出てくるのも良い。みんな知ってるよね?説明しないよ!という強気で潔い構成。原作漫画で時々挟まれるギャグテイストな動きもさりげなく描かれていてそれを見つけ出すイースターエッグ的な楽しさもある。とことんリアルなスポーツ描写に拘ったアニメでぎりぎりの線を攻めていて、興味深いものだった。

一箇所だけ3DCGを使ってないシーンがあった。桜木が負傷直後に直近数ヶ月を走馬灯のように思い出す場面で、本映画でもモンタージュが使われていたが、そこだけはあえてアニメ版のタッチで描かれていた。私は技法とかに興味があるので目ざとく気づいてしまい少しわざとらしく感じて興醒めしてしまったが、まあ普通に映画を楽しんで見てる人からすればTVアニメ版の記憶のオーバーラップも加わって余計に感動がブーストされる効果があるだろう。これは敢えてアニメ的に作画した演出が巧みだと言わざると得ない。「何それ、わざとらしい。でも巧いなあ」と。(前述したように「今度は嘘じゃないっす」は丸々カットされてしまったのだが)

あと、もしかしたら試合のラスト30秒とか、桜木と流川がハイタッチする場面でも、CGを使ってない手書きのアニメが使われていたかもしれない。ここについては一度しか観覧してないので100%の自信は無い。ただの手書き風エフェクトだったかもしれない。とにかくクライマックスの感情的になる場面では、客観的な写実主義に見えないように敢えて3DCGらしさを封印したタッチで描かれていたのが印象的で、これも巧いと思った。

このシーンだけわざとらしくブレ線が描かれていた(気がする)。

漫画には、漫画にしか出来ない表現というのがあって、その一つに空間や物体に直線や波線を描くことで動きや感情を表現する手法がある。別作品だが『ちびまる子ちゃん』でキャラの顔に縦線がサーッと入ったり、キャラの顔から放出される波線模様がこれに当たる。これは海外コミックにはあまり見られない、手塚治虫から脈々と受け継がれた日本のMANGAに特徴的な、まさに漫画的技法とも呼ぶべきテクニックだったのだが、井上雄彦はこれを使わないアーティストである。本映画でもそれをしっかりと継承して、恣意的で漫画的な「実在しない線による表現」は封印して、ひたすらハイスピードカメラで撮影したようなブレてないイメージで写実的に表現している。そのルールをクライマックスだけは破っていた。


…ということで、原作を知っているからこそ一言もの申したくなることもあるにはあるが、全体として、特にスポーツを題材としたアニメ映画のクオリティという面では非常に優れていて、また宮城リョータが成長する姿を描いた物語としても(少し本筋に無関係なファンサービスが多いだけで)十分に良い映画だったと思う。

もし、もっと大胆に宮城のストーリーだけに集中した編集、すなわち宮城のエピソードはふんだんに入れつつも、山王戦は宮城の成長に関係ある部分だけピックアップして残りの要素は極力排除(あくまで客観的に何かしてるわ的な描写に抑える)して、初見さんにも十分感情移入できるだけの情報や材料を提供できてる映画になっていれば、私の評価はもっと上がって今年最高クラスに到達していたかも。現状ではどうしてもファンサービスを入れずには居られなくて、少し妥協が多かった【普通に良いレベル】の映画に仕上がったと思う。(正直、宮城を主人公にするなら、桜木と流川のハイタッチはあんな風にドラマチックに描かなくて良かったと思う;それに賛成するか反対するかは、それぞれの感性だと思うので、あくまで私の個人的な意見としてね)


さあて、井上雄彦先生もこれでスラダンのお仕事は一区切りついたと思うので、そろそろ『バガボンド』の連載再開してくれませんかね。富樫先生も再開したんだし、いかがでしょうか?(笑)

もう七年以上待っとるで。

了。

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