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掌編小説 『今川焼き』
昔、住んでいた永福町の住宅街の隅に、毎晩9時から2時間だけ開店する今川焼き屋があった。
古い木造住宅は元はタバコ屋だったらしく、小さなガラス戸の脇には小さなショーケースがあった。
割烹着姿のおばあさんはガラス戸の向こうの板の間に敷いた座布団にちょこんと正座をして、笑みを浮かべながら今川焼きを焼いていた。
移り住んだ最初の冬に僕がおばあさんの店を見つけたのは偶然のことだ。
まだ新しい町に
【掌編小説】 カプチーノ
シーズンも終盤に差し掛かると、試合が終わったあと、秩父宮ラグビー場近くでコーヒーを飲むことはなかなか面倒なことになる。
試合前からフルタイムの笛が吹かれるまでの約2時間、冬の冷たい空気で冷え切った体を温めるべく、観客たちは近隣のカフェやレストランを目指すためだ。
ひさしの下のメインスタンドにはそもそも日が当たらない。バックスタンドも西日が当たるものの、風は吹きさらしだ。
年季の入ったラグビ
雨の休日を快適に過ごす
雨の休日はいい。
「どこかへ出かけなければ」と焦る必要もなければ、1日をぼんやりと過ごしていても「今日は雨だから」と言えば、とりあえずは誰もが納得をしてくれる。
丁寧に淹れたコーヒーをゆっくりと味わい、本や雑誌のページをめくり、音楽を聴き、昼寝を楽しむ。
何かに急き立てられることから離れれば、窓の向こうから聞こえる雨音もちょうどいい雑音になる。
僕が10代だった頃から40年近くが経った。
自分の
【短編小説】苔色の本の置き場所
僕がまだ二十代の初めだった頃の話だ。
その日、僕は町の図書館で、同級生達から掻き集めたノートのコピーを元に、中身の薄いレポート作りに励んでいた。
町の図書館は弓道場やプールが統合されて数年前に建て直されたばかりで、いたるところに真新しさが残っていた。
いつも好んで座る窓に近い閲覧席は、隣接する公園の樹々で覆われている。午後になっても西日を柔らかく遮り、閲覧席のデスクは日暮れ近くまで明るいまま使う