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掌編『ふたりの幽霊、22時』
薄暗いホーム。肌を刺しながら吹き抜けた北風が、駅の南側の眼下に広がる公園の等間隔に植えられた木の枝を撫でるように順に揺らしていく。その揺れ動く枝葉をぼんやりと蒼白く浮かび上がらせるのは等間隔に置かれた街灯で、駅前の一隅の更けていく闇をやる気なく照らしている。
トオルは長い自粛生活が終わり、久々に同僚と飲む機会を持ったが、他人と対面でどんな風に話していたのか、間合いがしっくりこないまま、ただただ
TikTokerメッタ斬り!について
本を読む人々の間(だけ)で騒がれている話題について取り上げます。
豊崎由美氏vs.TikTokerけんご氏による泥試合。
豊崎氏がtwitterで、TikTokを利用した本紹介を杜撰な紹介とし、それで本が売れても一時的な嵐と切り捨てたのが発端で、誰を指すわけでもなく「あの人、書評かけるんですか?」と挑発的な文言を投げたのを目にしたTikTokerけんご氏が、「書けません、僕はただの読書好きです。
読書の苦しみを何に例えるべきか
皆さんは本を読む行為に、どこか苦しみに似たものを感じないだろうか。いや、もちろん読書は好きなのだが、読んでいるときは何とも言えぬ苦行の中にいる心地がある。
合理的な思考の持ち主なら読書なんて割の合わない行為は滅多にしないだろうし、お金持ちになりたいとか有名になりたい、みたいな俗な思考とは対極に位置する行為が読書だ。ただそう言うと、テレビを見るとか、映画を観るとか、あるいは漫画とか、そういうことも
京王線テロに対する雑感
衆議院選挙とハロウィンで日本がいつもより多少浮かれていた最中、京王線の特急電車で無差別テロを起こし世間を騒がせた男がいた。ジョーカーの仮装をして、ジョーカーに憧れ、「死刑になりたい」と人を刺し、電車に火をつけた。その後に、電車の座席に座って煙草を燻らせた男の姿は奇異な光景として、テレビやネットで何度も映し出された。
映画『ジョーカー』は2019年にヒットした。それまでジョーカーの最高傑作と言われ
森鴎外『ヰタ・セクスアリス』に見る炎上商法
ぼくの祖父(と言っても父の実の父という意味、父は養子に出された)はもう亡くなって十年ほど経つが、ある都市の市長を務めていた。祖父は謹厳実直な人柄で市長を務めた後、晩年は慎ましく書斎の中でたくさんの本に囲まれて過ごしていた。真面目な祖父は、森鴎外の在野の研究家でもあった。そんなこともあって、鴎外の全集は中学くらいの時に買ったか買わされたか手元にある。
当時『舞姫』が教科書に採用されていて読んだ覚え