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TikTokerメッタ斬り!について

本を読む人々の間(だけ)で騒がれている話題について取り上げます。
豊崎由美氏vs.TikTokerけんご氏による泥試合。

豊崎氏がtwitterで、TikTokを利用した本紹介を杜撰な紹介とし、それで本が売れても一時的な嵐と切り捨てたのが発端で、誰を指すわけでもなく「あの人、書評かけるんですか?」と挑発的な文言を投げたのを目にしたTikTokerけんご氏が、「書けません、僕はただの読書好きです。」と引用ツイートし、「僕はTikTokを仕事にしてません。PR動画を1本も上げたことないです。」と述べた後、これからは紹介動画を楽しめなくなったので止めます、とTikTokを止める宣言をしてTikTokerけんご氏のファン、そして綾辻行人や知念実希人などの名のある作家の間で豊崎氏批判が巻き起こり(大森望もたしなめていた)悪者になる構図が出来上がっていました。

豊崎氏といえば、長年文学作品を書評、紹介する仕事に携わり、芥川賞・直木賞の中継をご覧になる方なら知っているかもしれませんが、世間的知名度は全くありません。そのため、豊崎氏の反骨の喧嘩上等スタイルの性格、性分を知らない方々においては、老害として切り捨てる論調が多くを占めました。「若者の新しい文化に嫉妬している」といった批判の言葉は、本人も謝罪Tweetをしてはいますが、全く響いていないでしょう。また、昨今左寄りの政治スタンスを明確にしていたため、右寄りの方々もここぞとばかりに叩きに来たようです。

ただ、豊崎氏を批判するにせよ、擁護するにせよ、その対峙者、TikTokerけんご氏がいかなるものか、知らなければ事の本質は見えてきません。若い人は知っているにせよ、知らずに(動画を見もせず)双方を批評や擁護している人も見受けられます。

TikTokerけんご氏のTikTokのプロフィールには『短い時間で小説紹介-来春デビュー作が刊行予定』とあり、27万人以上がフォローするアカウントで、若者に対して絶大な影響力を持つことが伺えます。紹介している本は、ライト文芸と言われるようなジュブナイルもの、映画化作品、本屋大賞や芸人EXITの兼近の本、ミステリーなどと芥川賞作が少々、表紙を見ても流行に乗ったアニメやおしゃれな”映え”のするものが並んでいます。例えば彼の『(号泣注意)泣ける小説原作映画3選』(36秒)という動画を見てましょう。

現在公開中、文字通り泣ける小説原作映画3選!
1作目、『そしてバトンは渡された』、いやぁ~、僕は映画も大好きでしたね!!永野芽郁さん演じる森宮優子、苗字が4回も変わっています。これには色々な訳があって……というお話。公開前にワーナーブラザーズさんから試写のご招待を受けて観させていただいたんですけど、会場、みんな啜り泣いていました…!!
2作目、『護られなかった者たちへ』、様々な問題と真っ向から向き合った社会派ミステリー。原作もだいぶ心が痛くなるんですけど…。佐藤健さんをはじめとする役者の方々の演技が凄すぎて、もう辛すぎて観てられなくなりました…。この作品は本当に心震えます!!
3作目は、最近映画あまり観ていないので、皆さんが教えてください!!

文字におこすと、ほとんど内容のない薄っぺらな紹介ですが、短い時間で紹介するとしたらこの程度でしょう。現在公開中の映画の原作や、過去に話題になった作品などが短い尺で紹介されています。煽りは「学生必見」とか、「ボロ泣きしました」や「表紙も可愛くて読みやすい」といった文字がサムネに設定されており、TikTokという動画SNSに相性の良さそうなテンポ感に彼の爽やかな風貌を前面に出して、若い文学好き女子へ本を紹介しているようです。
SNSがなかった自分の若い頃は、ア行から順に本を手に取り、1,000円で2冊本を買えたらいいな、とか思いながら書店内を彷徨うことに興奮のようなものを感じていたので、その長時間の選考過程をぶっ飛ばして他人の薦める本を手にするかというと、そこに本選びの醍醐味はないと思う次第ですが、まだ価値観の定まっていない若い読者層には、いくら短い時間で紹介されてても、本好きが選んでくれた作品として安心して買うなり読むなりするでしょう。

さて、豊崎氏の批判が的を射ているかというと、確かに杜撰な、とは言わないまでも、お薦めしますと言いながら、話題作や映画化作品などが多く、その内容は誰しもが薄っぺらいと言えるくらいの内容です。プロの書評家が素人に噛みつくなと言いますが、TikTokで商売をしていないと言いながら、映画の試写会に呼ばれ、その影響力を見込まれて本まで出す予定のTikTokerけんご氏はもはや素人ではないでしょう。彼のようなSNSのインフルエンサーが映画の試写会に呼ばれる代わりにそこに呼ばれなくなったのは、紛れもなく紙媒体の人間たちなのです。
八百屋の前で味の良し悪しを自分の舌で見極め、不味いものは不味いと言っていた批評家は、お店の悪口は言わない、不味くても美味しいと声高に宣伝してくれるインフルエンサーに駆逐されていく。もちろんお店(出版社)も商品を作る農家(作家)も、批評家よりインフルエンサーに紹介してもらえた方がWin-Winである。業界においては、味のわからない消費者なら煽って買わせて部数を伸ばした方が勝ちという風潮が圧倒的でしょう。それしかもはや、生き残る道がないほど斜陽を迎えつつあるから。

豊崎さんも出版業界との関りも長いでしょうから、TikTokerけんご氏のあげる動画が本当に案件が一つもないか(利益相反のない純粋な趣味者かどうか)はわかっているでしょうし、あの浅い内容の動画に若者が飛びつき流行が生み出されることにショックも受けたでしょう。そして本の業界に飛び込んでくるTikTokerけんご氏に、いわばプロレスを仕掛けたのが件のTweetのような気がします。「あんた、実力はあるの?」と。ただ、TikTokerけんご氏には、同じ土俵で戦う意志はなく、ただただ、マットの上にあがった豊崎氏には罵声と野次が飛び交う結末を迎えました。平成の世ならTikTokerけんご氏が「僕の出す本で判断してください」なり返して、ギリギリプロレスが成り立っていたかもしれませんが、令和の今、目に見える数字という力を持たない豊崎氏を相手にするのは損だと判断したのでしょう。そもそもプロレスをするという考えが頭にないのかもしれません。ファンのファンネル攻撃を期待して止めると言い出したかはわかりませんが、今は戦わずに被害者のポジションになった方が強いことは自明なのです。

TikTokを止める決断を下したTikTokerけんご氏の判断が正しかったかどうかは彼の出版する本がどのようなものになるかによるでしょう。本物か、本当に一時の嵐だったのか。前途ある若者が反骨心を持って作った本でギャフンと言わせてくれることを、書評家は期待しているでしょうから。

#豊崎由美 #TikTokerけんご #TikTok #書評家

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