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リセット‐日常清掃員の非日常‐第4話

九章 過去  あれほど毎日降っていた大雨が、嘘のようにぴたりと止んで、蒸し暑いいつもの夏が戻ってきた。相変わらず臭くて汚いところで清掃を続ける俺たちは、今日も大汗をかきながら作業をしている。最近は変な蜂や蠅が出るようなったり、夜まで開館しているからその光に大量の羽虫が引き寄せられたりして、仕事量が増えた。避難所としての役目を終えたのは、豪雨災害から三日後のことだった。十人以上いた避難者たちは、家が床下浸水していても自宅に帰らなければならかった。酷なことではあるが、日常を取り

    • リセット‐日常清掃員の非日常‐第3話

      六章 授業のような研修会  掃除庫に入っているのは、清掃道具だけではない。数々の備品がストックされている。そのため、ただでさえ狭い掃除庫に、カラーボックスが三つもある。そこに、ゴミ捨て使うビニール袋だったり、ハンドソープの詰め替え用だったり、各種洗剤や雑巾の詰め替え用などが収納されている。特に場所をとるのがトイレットペーパーの備品だ。大きな段ボール箱一つがまるまる一箱、常に常備されているのだ。現在、カラーボックスをテトリスのように組み、何とかトイレットペーパーの段ボールを置

      • リセット‐日常清掃員の非日常‐第2話

        三章 初めての実地研修  紆余曲折あった俺は、無事に高校を卒業して会社員になった。会社員という響きは、何度耳してもいい気分だった。卒業から入社式までの間に、社長から電話を受けて、会社に赴く。こういう時、車の免許があって良かったと思う。意外に自分が充実している日々を送っていることに、今までにない誇らしさと満足感があって、少しだけくすぐったい気分だ。  会社に着くと、あの女がいた。 「失礼します」 そう言いながら、会社のドアを開ける。そしてドアを閉めて、一礼する。それが社会人と

        • リセット‐日常清掃員の非日常‐第1話

          不良の佐野は、就職先が決まらず焦っていた。  そんな佐野は教師と縁のあった会社で、清掃員の仕事を始めた。そこで出会ったのは機械のように仕事をこなす秋元という女性だった。秋元と佐野はバディを組んで、職業差別や災害による断水、客同士のケンカなど、現場で起こる様々な問題を解決していく。 そんな中、秋元がかつて有名企業で働き、上司のパワハラによって職を失っていたことが判明する。しかし秋元は、現場にその上司が来ても頭を下げるのだった。佐野は秋元と共に仕事をする中で、成長していくが、かつ

        リセット‐日常清掃員の非日常‐第4話

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        • 推薦図書
          13本

        記事

          文化人類学書籍紹介

          観光人類学の書籍紹介とコメント 石森修造(編) 1996『観光の20世紀』ドメス出版。 ●注意書き  この記事は、上記の書籍の内容をかいつまんで、なるべく私の言葉で置き換えてレジメ的、もしくはレポート的に記したものです。言ってしまえば、書籍紹介です。  そのまま引用した部分には、ページ数を振ってありますので、上記書籍を実際に手に取り、ご確認くださいますよう、お願いします。 また、私の読解能力の至らなさにより、誤解、誤読の可能性もあると思いますので、観光人類学の資料をお探

          文化人類学書籍紹介

          『もう一度だけ、夢を見てもいいって言って。』

          同じ頑張るでも、 漠然としたものにただ時間を費やすのと、 目標に向かって時間を効率的に使うのでは、全く違う。 私の夢は研究者になることだった。 だから大学から修士課程、博士課程に進んだ。 研究のためなら、不慣れな土地でも目的地に着けるし、 見たこともない巨大な駅でも乗り換えが出来た。 研究のためなら、寝食さえ本当に忘れて、何でも出来ると思っていた。 がむしゃらに、言われることを全てこなしていった。 平日は自分の研究に追われ、土日祝日は会議や学会などで移動。 それでも、楽し

          『もう一度だけ、夢を見てもいいって言って。』

          あらすじ『蝶と華の契り』

          咲は地獄蝶から「子供」を貰い、他の少女達にそれを分け与え始める。しかし、それは奇病の始まりだった。良広は奇病の原因を調べ始める。そんな中良広は母が、千房という血華の一族の出だと知る。千房には、カンナサマ信仰という奇習があった。  良広は咲を連れて、千房カンナが身を寄せている中村光介のもとへ赴くが、咲は死んでしまう。しかし、カンナは地獄蝶の正体が元々は人間の魂だったことを知り、血華と地獄蝶の関係を応用して咲を助ける。  咲とカンナは血華の一族の始まり・チハナとケッカの生まれ

          あらすじ『蝶と華の契り』

          第3話 奇病

          それから数日たって、咲の顔にはそばかすのようなものが出てきた。それは注視しなければ分からない程度のものだった。しかし、顔にそばかすが現れた次の日には足や腕にもそのそばかすは現れた。耳は遠く、目はかすみがちになった。肌は荒れ、髪の毛はよく抜けるようになった。咲も年頃だけあって毎日長い時間鏡を見るのだが、当の本人がそれらの症状を気にする様子はまったく見られなかった。むしろ自分の中に存在する者が成長している証と喜んでいたのだ。  母親が警察に相談し、相手からの嫌がらせを注意しても

          第3話 奇病

          第2話 父親

           その日の夜、咲の異常行動を知ることもなく、良広は両親と共にテーブルに着いた。その場の空気から、父親に例の封筒が見つかってしまったのだと察した。案の定、いつも食事が用意されているテーブルの上には例の封筒が入った箱が開いた状態で置かれていた。蛍光灯の白い光が間箱の内側の銀色のステンレスに反射して、まさに真実が白日の下に晒されていた。ついに見つかってしまったかという想いと共に、ようやく見つかったかという矛盾した想いが心のどこかでわだかまり、良広はどれだけ自分がこの秘密をプレッシャ

          第2話 父親

          第1話 母たち

           咲は携帯電話の着信履歴をチェックしながら夕日に照らされた廊下を歩いた。  しんと静まり返った教室に、咲にメール受信を告げる着信音が響いたのは、今日の午前最後の授業時間だった。咲は有無を言わさず携帯電話を没収されてしまった。放課後取りに来るように言われ、職員室で注意を神妙な面持ちを装って聞いた後、次はないようにすると平謝りして咲はやっと解放された。  咲は自分に恥を掻かせた犯人を捜した。授業に遅れそうになって携帯を確認し忘れた自分に非があるものの、授業中にメールを送ってきた相

          第1話 母たち

          文字を使わないという選択。

           文字は音を物質化して、留めておくための一種の道具に過ぎない。  授業中に恩師が発したその言葉は、私の価値観を変え、自信をもたらしてくれた。  実は私、ちゃんと本を読むようになったのが、大学に入ってからだった。それまでは文字を読むことが苦手で、問題文を理解することも難しかった。そのため、学校の成績は上がらず、友人たちが話していた話題の本にも、ついていけなかった。高校に入ってライトノベルを少し読むようになったが、内容が頭に入ってこなかった。  私たちは文字や数字で動いてい

          文字を使わないという選択。

          『たまごたち』

          久しぶりに同期がそろって、一室で膝を突き合わせていた。つい先ほど、ここの大学院の卒業の難しさを聞かされたばかりだった。 「三年の卒業を目指して、四年ってことだと思う」 その同期の言葉は、重々しく響いた。この同期の人は経験も実績もある人だったから、余計に心にずしん、と来た。  ここの大学院は三年制だった。しかし卒業論文が無事に通り、本当に三年間でここから巣立つことができるのは、ほんの一握りの稀有な事例だった。大体一年間を、現地調査や語学留学に当てるため、ほとんどの先輩が三年以上

          『たまごたち』

          私が私と出会うまで

          中学校で、私は地味で目立たない存在だった。友達も少なく、平凡で、その他大勢の中に埋もれるくせに、グループ分けをすると必ず一人余ってしまう。そんな取るに足らない一人の女子中学生だった。  そんな私が通う中学校の女子の間で、自作小説を書くことがいつの間にか流行っていた。それらは書籍や教科書と区別するために「ノート」と呼ばれていた。つまり、休みでもなかったのに「ノート貸して」と言う場合、「あなたの書いた小説を読ませてほしい」という意味になる。  私も自作小説を書いたが、それは他の人

          私が私と出会うまで

          いつか、また。

          以前ボランティアをしていた社会福祉協議会から、ある若者に会ってほしいと頼まれた。まだ二十歳の若者だった。今まで引きこもっていたが、文章を書くことに興味があるらしいので、小説を書いている私にお鉢が回ってきた形だ。  彼女はまだ二十歳になったばかりで、面会には彼女の母親も同席していた。第一印象は、生気が削げ落ちたような女性だった。その一方で、彼女の母親は、どこか嬉しそうだった。まずは彼女の話を聞くことになり、私は無駄な質問を避けるために、メモを取っていた。 しかし、話が進むにつれ

          いつか、また。

          北の大地で何があったのか?

          『奇譚蒐集録 北の大地のイコンヌプ』という清水朔さんの本を拝読しました。 北海道でアイヌに擬態して生きる人々。絡まり合う人間関係。 そして、滅んだ村。 民俗学的で民族学的な視点を持つ主人公は、「鬼との婚姻」について調べる内に、この滅んだ村に興味を持つのだが、果たして真相は?

          北の大地で何があったのか?

          自分の在り方。

          『水を縫う』という寺地はるなさんの本を拝読しました。 裁縫が好きな少年。女の子みたいと思われていた節がある。 それでも、姉のウェディングドレスを仕立てるために、主人公の少年は必死に針を動かし、布を操る。 自分の好きなことをやり続けるなら、それなりに孤独を受け入れたり、覚悟したりしなければならないと感じる作品でした。

          自分の在り方。