『たまごたち』

久しぶりに同期がそろって、一室で膝を突き合わせていた。つい先ほど、ここの大学院の卒業の難しさを聞かされたばかりだった。
「三年の卒業を目指して、四年ってことだと思う」
その同期の言葉は、重々しく響いた。この同期の人は経験も実績もある人だったから、余計に心にずしん、と来た。
 ここの大学院は三年制だった。しかし卒業論文が無事に通り、本当に三年間でここから巣立つことができるのは、ほんの一握りの稀有な事例だった。大体一年間を、現地調査や語学留学に当てるため、ほとんどの先輩が三年以上この大学で過ごす。つまり、休学か留年覚悟で日々を過ごさなければならない。
「でも、学業だけってことにはいかないだろ? 生活もあるのに」
「現地調査に行かない限り、そうなるね」
「大体、この辺の物価高いんだよね」
「あー、卵とか? 買えないよね」
シリアスな話題だったはずが、いつの間にか卵の話になった。
 私の出身地では、卵十個入り一パックを、百円未満でしか買わない。そしてこの安い卵を上限いっぱいに買う。食卓には玉子料理が欠かせなかった。スーパーもそれを知っていて、卵の激安情報をチラシに乗せ、各店舗が卵の値段で競っている。つまり、卵が一円でも安いスーパーに、客が沢山入ることになる。だから、私はここにきて、初めて卵の値段が四百円もする高級品だと知ったのだ。卵がこんなに高くては、卵料理を毎日作ることもままならない。家の食卓に並んでいた卵料理が恋しかった。
 私がそう言うと、本気で同期全員に驚かれた。
「卵が百円しないの? マジで?」
「どういう仕組みなの?」
どういう仕組みかは、私にも分からない。ただ、物心ついた時から、卵は税込み百円未満だったから、「お一人様、一パックまで」になっている時には、親に百円玉を握らされ、卵だけを買いに行かされたものだ。
「おかしいよ、そのエピソード」
「すごいね」
驚きを通り越して、もはや笑い話である。
「卵だったら、あそこの百均で売ってるよ。六個入りだけど、一人暮らしなら十分でしょ?」
「ああ。スーパーの向かいの、食品も百均のとこでしょ?」
「そうそう。あそこ助かるよね」
「そう言えば、あそこの通りの八百屋で、五百円以上の買い物で卵が一パック百円だった。五百円ぴったりで買い物して、百円で買った」
「マジで? 十個入り?」
「そう。一パック十個入りだよ」
「うわ、知らなかった」
卒業論文と卒業は、まだ先のことだ。でも、意外に早く最終学年になるのかもしれない。学会の会場準備や、論文発表の準備。その上、通常授業もこなさなくてはならない。入学してから間もない私たちは、出身地も研究もバラバラで、お互いのことをよく知らなかった。しかし私たちは確かにこの時、未熟な研究者の卵だった。
 研究者の卵たちは、卵の話題で親睦を深めたのだった。

                                    <了>

#あの会話をきっかけに

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