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地中海の舞踏/Mediterranean Sundance

 夜の地中海沿岸にセットされたステージで、舞踏はとっくにはじまっている。

 踊り子たちのその腰つきに没入していると、バックパッカーの青年は飲みたくなってきた、酒ではない、コカコーラを。それも瓶のコカコーラに限る。ステージ横に小屋みたいなキオスクがあって、そこを覗いた。

 コカコーラはあったが、缶だった。しかもプルタブをあけるとぬるい泡があふれて大量にこぼれた。あふれて減ったぶん、缶にくぼみをつくってみた彼は、舞踏の続きにふたたび没入した。

 踊り子について地元のみなが知っているのは、彼女は幼いころ内陸の故郷で人身売買者に誘拐され、この地中海沿岸に売られたことだった。地元のみなは踊り子を、音楽とそれにあわせて舞える踊り子を、けれどもとうてい不憫とは思えなかった。

 事実、踊り子は幼少のころにいた内陸の故郷より、この地中海沿岸を愛するようになっていた。踊り子はターコイズの目で観客たちを見下ろす。見上げる客たちこそ見られている。きらびやかな裳裾、ドレスに靴、アクセサリが存分に買えるほど、客たちはチップをはずむ。

 踊り子は夜な夜な、けれども金よりこの海辺の場景を薔薇色に塗り立てるために舞い、なおかつ客席までが花になることを望んでいるのだった。

 いま、女の舞踏が終わった。これをもっておしまいになるわけではなかった。次の踊り子がふたたび舞踏をはじめるのだ。その踊り子も先程までの踊り子と同じ望みを持っている。望みどおり場景を薔薇色に染めそして舞い終えると、また次の踊り子が現れて舞いはじめる。

 繰りかえされる舞踏、あたりは彩られ、その彩りに客の顔色も上気、そうして客席も花畑となる──

 それにしてもこのコカコーラは、とバックパッカーの青年は思った。これ、何か入っているんじゃないのか、目も冴えて、これではとうぶん眠れそうにない。

 眠れるはずがない。ほかの客たち同様眠らされず、地中海のあけすけなエキゾティシズム、その装飾の一部を担う羽目に彼もなっているのだ。

 夜の目をした旅行者たちがこぞってやってきて、そのエキゾティシズムに瞠目し、まんまと酔う。酔う視線を見下ろす踊り子らは、なお地中海沿岸を飾るベく舞踏を繰り広げ、そしてみずからも酔う。

 酔いしれる地中海への憧れ、それはなぜかよそ者も地元の者も持つ同様の憧れであった。地中海の舞踏はそうして歴史に続くのである。今夜も夜どおし続く。終わらない。


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