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星月渉の本棚

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読んだものと読みたいものをまとめていくマガジンです。
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2024年4月の記事一覧

街中華のマトリックス

街中華のマトリックス

 街中華と瓶ビール。そして強火を使った食事はどこからか抜け出す力を生み出すのかもしれない。

 
 二月の金曜の夜。西高東低の強い気圧配置が列島を覆う。そこに南岸低気圧が八丈島沖を進み、夜半に雪が降る。それまでは三国山脈を乗り越えた冷たく渇いた風が吹く。

 大きな発送ミスがあり、会社の冷え切った倉庫で肉体労働を後輩の佐藤と朝から始めた。体を動かした時にかいた汗が冷気に包まれ体を冷やす。それが何度

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喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~ 第一話

喫茶ライスシャワーの懺悔室~米田雫の福音書~ 第一話

あらすじ

静謐な公園の森の中にある、教会風の建物――喫茶ライスシャワー。
謎多き美しき店主、米田雫。
彼女に憧れ、今、一つの悩みを抱える青年、兼平礼人。
彼女の店ライスシャワー、その奥には『懺悔室』がある。
悩みを告白するとき、事件は形になり解きほぐされていく。
二人を巡る、恋と愛の事件とその記録の物語。

第一章 兼平礼人の憂鬱

花嫁の門出に送る米の雨。

幸せな夢を、儚い現実を、全てを祝福

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「そこに、君の死体が埋まっている」第1話 彼

「そこに、君の死体が埋まっている」第1話 彼

 彼の笑顔は、俺には眩しすぎた。
 なんの邪心のない、屈託のない笑顔。悩み事なんて何もないような、その笑顔。
 女優さんみたいで可愛いと評判の姉、優しくて料理上手な母親、医者として人々のために働く父親と祖父、祖母はこの町の婦人会の会長、曽祖父はこの小さな町長だった有力者。誰より大きくて広い屋敷に住んで、上質な服を着て、欲しいものは望めばなんでも手に入る。

 同じ町に住んでいるのに、まるで違う世界

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レインメーカー 第一話

レインメーカー 第一話

本編

 満点の星に彩られた穏やかな夜。宿泊客たちはコテージの外に出て、焚火を囲んで談笑していた。中にはハンモックに横たわり、贅沢に星空のスクリーンを満喫している者もいる。

 百色島という名の小さな無人島一つを丸ごと宿泊施設とした七軒のコテージは、完全会員制の最高グレードで、管理者不在でも最先端のIOT家電がコテージでの生活を全面的にサポートしてくれる。用意された高級食材の数々はもちろん使い放題

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「ごえんのお返しでございます」1話 糸屋「えん」①

「ごえんのお返しでございます」1話 糸屋「えん」①



 十二月を師走というが、「師」を「教師」に限定すれば、四月も同じくらい慌ただしいものだと、端から見ていて思う。

 一年でやらなければならないカリキュラムは決まっていて、それなのに、健康診断やら歓迎会やらで、授業時間は限られる。五月末の中間テストは、範囲が狭くなりそうだともっぱらの噂だった。

 連休でほっと一息ついたのもつかの間、中学の知識を前提として、ガンガン進んでいく授業に、ちらほらと離

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「なにかと困る 磯貝プリント株式会社」第1話

「なにかと困る 磯貝プリント株式会社」第1話

第一章 また蓋がなくなりました1 返ってきた蓋

 自転車のチェーンケースがカチャカチャ鳴る。家には母親が乗らなくなったママチャリしかないんだから仕方がない。自分の自転車は原付バイクを買った時に手放した。高校の時だから、かれこれ十年も前になる。それ以来自転車に乗る機会なんてなかったけれど、案外普通に乗れるものなんだなと妙に感動する。
 大通りから逸れて、歩道もない裏道に入るとすぐに、板金工場や寂

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「断罪パラドックス」   第1話

「断罪パラドックス」   第1話

第一章   一条美紀

 お集まりいただきましたみなさまには、本日貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます。通常でしたら、土曜日の午後、この体育館では部活動が行われていたでしょうね。昨年度はバスケットボール部が県大会で準優勝だったとか。私もPTA会長になりちょくちょく学校に来るものですから時折体育館を覗きました。若人が真剣にスポーツに取り組む姿は本当に美しいものですね。

 校舎も三年前に建

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