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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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#Xジェンダー

産みたくない僕の話を聞いて

産みたくない僕の話を聞いて

「子供、欲しいの?」

 グレーのスウェット姿の彼はベッドに寝転んだまま「いてもいいかなと思って」と答える。視線はスマホの液晶の上を細かく上下し続けている。

「どうしてそう思うの?」

「んー、なんとなく?」

 彼は寝返りを打って、にへらと口元を緩める。

「こちらは産みたくないし、今の状況で育てていくのも無理だと思っています。子供が欲しいなら説得してよ。どうして子供が欲しいの?」

 彼はス

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【小説】薄明の民(二元論的共同体と、どちらにも属せない者の話)

【小説】薄明の民(二元論的共同体と、どちらにも属せない者の話)

 乾いた枝の爆ぜる音。煙の匂い。

 本能が危険を告げ、枯葉の寝床の上で飛び起きる。枕元の剣に手を伸ばし——その柄に触れることなく、上着の肩を手繰り寄せた。

 まだ小さい炎を飛び越え、根城にしていた木のうろから出た。

 暗い森の中、額に宝石質の角を持つ太陽の民が、角を持たない月の民に囲まれてこちらを睨みつけている。

「選べ。覆いを捨て太陽の栄誉を受けるか、角を捨て月の下に降るか」

 新月の

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不義

不義

 結婚という契約を交わした男と女は無条件に祝福すべきものとされている。

 人を集めて幸せそうな顔をしてみせて、永遠という空疎を誓う。体裁さえ整えておけば、そこは喜びの場なのだという約束事が、不安も憂鬱も塗り込めて覆い隠す。

 婚姻関係という型に収まって数年後、喪失をきっかけとした心身の不調に対処するために読み漁った本から得たいくつかの概念は、私にとって禁断の知恵の木の実だった。

 どんなとき

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