見出し画像

オーストラリアの素敵なおじさん達 -バス編-


数年前、仕事を辞めた私は次のことをまるで決めていなかった。
ハードワーク過ぎて転職活動をする暇すらなかったのもあるが、あまりにも全ての時間を費やして働きすぎた為、ちょっとゆっくりしようと思っていたのだ。

その頃、たまたま友人がオーストラリアに留学していたこともあり、どうせ仕事を辞めたならちょっと長く遊びに来たら?と誘われ、私は2週間ほどオーストラリアのゴールドコーストに行くことにした。
しかしその友人は、私が行く直前になって「彼女ができた。彼女を不安にしたくないからこっちに来ても会えない」と、なんとも言えない理由で2週間その友人と色々見て回る予定だったスケジュールを全てキャンセルしてしまった。

なんて友達甲斐のない奴なんだ、私と2週間会っただけで終わる恋愛なんて会わずともだろうなんてちょっと思ったものの、怒ったところでしょうがない。恋愛の仕方は人それぞれだ。
チケットも取ってしまっているし、私はとりあえず行ってみるかとゴールドコーストに向かった。


ちょうど私が行った2月のその2週間は、例年に比べオーストラリア人もこれはCrazy Weatherだよというくらい晴れた日が全くなく、ほぼ毎日雨が降っていた。
「雨のゴールドコーストでできるアクティビティなんてほぼ皆無だから晴れるといいね」なんて言っていた友人の言葉が頭をよぎる。
おいおい天気にまで見放されたのかと思いつつも、私は街を歩いたり、室内でもできるアクティビティを探したり、雨のゴールドコーストをそれなりに楽しんでいた。


あれは、チョークアートの体験クラスに行った帰り道。
滞在していたサーファーズパラダイスからかなり離れた講師の家に、雨の中バスで行きレッスンを受けて、夜同じようにバスに乗って帰っている時のことだった。

どうも来た道と街並みが違う。
そうは思っても、知らない土地で日も暮れ始め本当に違う道なのかがよくわからない。悩んでいる間に乗客は私だけとなり、とうとうバスは終点に着いてしまった。
降りようとして、周りを見て気づく。

やはりわからない。
着いたそこは全く知らない場所だった。


さて、どうしたものかと思っていると、バスの運転手に話しかけられる。
どっしりと太っていて、運転席からはみ出そうなフォルムのちょっと強面のおっちゃん。
多分「終点だよ、早く降りて」というようなことを言っているのだと思ったが、ただでさえ英語がペラペラでもない私には、オーストラリアなまりの英語は上手く聞き取れず、とりあえず自分の泊まっていたゲストハウスの住所のメモを見せながら、ここに行きたかったとなんとか伝えた。

案の定おっちゃんはこれは全然違うバスだよと言っているようだった。
ここからどのバスに乗れば行けるか?と尋ねると、おっちゃんはちょっと考えてから「OK、今日はもうこれで仕事終わりだから、このバスで近くまで乗せてってやる!」と親指を立て、私の肩をポンポンと叩いてくれた。

すごい、そんなことしていいのだろうか。
...そしてこれは本当に信じてもいいのだろうか。
おっちゃんとバスに乗り続けてそのままどこかに連れ去られ、この世から亡き者にされないだろうか。
異国の地でふとそんな不安もよぎったが、彼の目を見て、きっと大丈夫だと私はおっちゃんを信じることにした。


今まで無言で運転していたおっちゃんは、運転席の横の棒に掴まって隣に立っている私がわかるようにゆっくり話しかけてくれる。
どこから来たの?とかどのくらいいるの?とか何歳なの?とか。

質問に一つ一つ答えながら、仕事を辞めてしばらく遊びに来たんだよというような話をしていると、おっちゃんは私が成人をとうに越えていると聞いてびっくりしていた。
どうやら、道に迷った中高生くらいの子どもだと思われていたようだ。

いろいろな話をしながら、バスは夜の街を力強いスピードで走っていく。
大きなフロントガラスからは雨でキラキラした街灯が流れ星のようにヒュンヒュンと通り過ぎていった。
おっちゃんは「いっぱい仕事をしたなら、いっぱいリフレッシュした方がいい」と言ってくれた。そして酒が好きなら、降ろすところのすぐ近くに面白いバーがあるからそこに行ってみるといいとおすすめのバーまで教えてくれた。


しばらくすると、見覚えのある道が現れる。
そして、「ほら、ここならわかるだろ?」とバスが停まった。
おっちゃんとの楽しいドライブも終わりだ。

私は何かお礼がしたくて、お礼になるかはわからなかったが、その日チョークアートのレッスンで持って帰ってきた花を描いた小さなボードを「今日習ったばかりだからまるで上手くないけどありがとうの気持ちで渡したい」と言っておっちゃんに見せた。
おっちゃんは豪快に笑いながら「そんなものいらないよ、俺はバスの運転手だから。初めて描いたなら大事に持って帰りな」と言った。

確かに観光客同然の知らない小娘が初めて描いた上手くもない花の絵なんておっちゃんにとっては無価値である。
私はこの素敵な時間に浸り過ぎて、ちょっとそれっぽいことをやりたくなってしまったであろう自分に赤面しつつ絵を引っ込めた。

そして本当にありがとうと両手でぎゅーっと握手をし、抱えきれないほど大きな体にハグをした。
そして今日さっそくそのバーに行ってみると言った。
おっちゃんは「外国人もいっぱいいるし、歌も歌えるし、怖くないところだからきっと一人でも大丈夫だよ、でも気をつけるんだよ。」と言って大きなバスを軽快に操り、帰っていった。


うっかりバスを乗り間違えたことによって起こった、おっちゃんとのひとときの貸し切りドライブは、私の中で心に残る思い出になった。

そして、いい人の言うことは聞く、すぐやるが私のモットーだ。
私はゲストハウスに戻り一度荷物を置くと、早速おっちゃんの教えてくれたバーに向かうことにした。



ここから先は

0字

サポート、嬉しいです。小躍りして喜びます^^ いただいたサポートで銭湯と周辺にある居酒屋さんに行って、素敵なお店を紹介する記事を書きます。♨🍺♨