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私が「つまらなそう」と思っていた父の仕事


私は昔、父の仕事が不思議だった。
というよりも、正直今思い返すと恥ずかしい限りなのだが、はっきり言って「面白くなさそうな仕事だな」と思っていた。


父は地方公務員で町の役場勤めだった。
役所の仕事をよくもわかってもいない癖に私はなんとなく、その仕事は誰にでもできる簡単なものだと勝手に思い込んでいたのだ。
簡単というか、決められた仕事をこなすような作業ばかりだと想像していた。


私が私としてこの世にいる意味はなんだろうか。
思春期の頃、思春期らしくそんな事ばかり考えていた私。
1人の人間として生まれたからには、自分がこの世にいたという証を残したい。自分にしかできない仕事をして、できればそれがずっと残るものであったら尚嬉しい。なんて自分の未来に壮大な夢を描くのが思春期である。

そして、そんなこともありデザインの道に進みたいと思った私にとって、その当時の浅はかな私の頭では、父の仕事は全く理解できない職種だった。


毎朝同じ時間に同じ格好で同じところへ行き、やり方の決まった同じ仕事をして、17時にはぴったり退社し、どこにも寄らずにまっすぐ家に帰ってきて17時半には家のソファに寝転び新聞を読んでいる。
ロボットを見ているような父の生活サイクル。
「今日仕事でこんなことがあって...」と楽しそうに話すこともなければ、愚痴を聞いたこともない。
父は仕事が楽しいのだろうか。
何をやりがいにしているのだろう。
私は新聞を眺める父を見ながら、そう思っていた。

それでも、私はその父によって何不自由なく生活をさせてもらえている。
"お父さん"として無論好きだし、ありがたいし、感謝をしているし、尊敬している。
ただ、父の仕事に関しては、そのモチベーションが全くわからなかった。


そして大学を卒業し、社会に出た私。
自分の仕事にやりがいを感じつつも、色々な会社や様々な職種の人を間近で見るようになった。
友人の中で、公務員になった人もいた。

私は市役所に就職した友人に、なぜその仕事を選んだのか聞いてみたことがある。
その友人は「特にこれで飯を食っていきたいみたいな夢とかやりたい仕事もなかったし、安定を選んだのは正直あるかもね。」と言っていた。
父もそのような心境だったのだろうか。


そしてさらに数年後、私は友人の中でたまたま私と同じことを思っていたという人と出会った。
彼も同じく父親が市役所勤めで「自分は公務員にはなりたくないな」と思って今の仕事を選んだという。

ひとしきり「小さい頃めっちゃつまんなそうな仕事〜って思ってたよね?」という自分たちの主観だけの話で盛り上がったあと、彼はこう続けた。


「でも、うちの親父が公務員を選んだ理由は後から聞いてまぁ納得したよ。
親父は趣味が多くて、でもその趣味ではお金を稼げないし、趣味を稼ぐための作業にもしたくなかったから、趣味を楽しむために一番都合のいい仕事を選んだって言ってて。
それ聞いて子供の頃は ”でも人生のほとんどの時間をやりたくもない仕事に割くのか” って思ってたけど、実際親父はかなり人生を謳歌してると思う。

自分の時間をすごい大切にしてたし、ずっと部屋にこもってなんか彫刻とかやってたり、休みの前の日は夜から釣りに行ったり、楽器を色々やってたり、もちろん俺たち子供を長い休みの度に旅行に連れてってくれたし、とにかく自由にやりたいことやりきってるなって感じだった。

今になってわかったけど、親父が人生の中で重きを置いているのって仕事じゃなくてここなんだなって思ったよ。
しかもそれを叶えるためにたとえやりたい仕事じゃなくてもそれを何十年も続けられるって単純にすごいなと思ったし、もちろんその中でその仕事にやりがいも見つけてたんだと思う。
まぁ仕事が生きがいかと言われたら違ったのかもしれないけど、生きがいのためにする仕事は、やりがいがあるのかもね。

そういう意味でバランスの取り方が上手いなというか、選んだ理由が大人になってから納得できた気がした。
あと単純に興味がないのに公務員試験受けて受かるのもすごいし(笑)」


その言葉を聞いて、私は今まで全然しっくりきていなかった自分の中での「父の仕事観」に対して、初めて納得のいく理由のようなものに近づけた気がした。

私の価値観だけで「なんで毎日家に帰ってきたらずっとソファで新聞を読んでいるんだろう、何もしてないじゃん」なんて思っていたけれど、もしかしたら父はそれがやりたかったのかもしれない。

そして、私も彼と同様に、いつだってお父さんが近くにいる家庭で育ち、休みの日にはいろいろなところに連れていってもらった。
幼い頃はそれしか知らないのでそれが当たり前だと思っていたけれど、大人になり色々な家庭のあり方を見てきて、それが当たり前ではないことも、それがどれだけありがたいことだったのかも知った。


父は自分の話をあまりしない。
聞いても、ほとんど答えない。
だから何も知らなかったし、自分の考え得る価値観だけで父の生き方を勝手に想像していた。

私がつまらなそうと思っていた公務員という仕事を、父は友人の父親と同じように、仕事ではなくもっと違うところに重きを置いていて、そのために一番マッチしている職として選んだのかもしれない。

子供のバタバタする声を聞きながらあのソファで黙って新聞を広げる時間が、何よりも変え難い父にとっての幸せだったのかもしれないし、父の価値観を全て知ることなどできない。


自分にとって大切なこと、それは自分にしかわからない。
父の人生にとって大切なことも、父にしかわからない。
それでも私は、"父の人生にとって大切なこと"の中に、間違いなく自分がいるという自信がある。
何の疑いもなくそう思えるような環境で育ててもらえたことに、今更ながらあたらめて父は偉大だと思ったし、父の人生や仕事をなんとなくつまらなそうなんて見方をしていた自分の幼さや、未熟さを痛感した。


そして先日、私はついに父に「なんで公務員の仕事を選んだの?」と聞いてみた。
相変わらず最初は「さぁ。」とか「なんでかねぇ。」なんて言ってはぐらかしていたが、しつこく聞くと、父は一言だけこう答えた。



「町の仕事が好きだから。」



初めて聞いた、父がその仕事を選んだ理由。
私がいくら考えてもわからなかった理由は、友人の父親の話を聞いて、父もこんな気持ちだったのかな〜なんて勝手に納得していたようなそれでもなく、とてもシンプルで、そしてしっかりと私に突き刺さった。
それは自分のことばかり考えている私には到底辿り着けない答えだった。
父は、町が好きで、町の仕事が好きで公務員になったのだ。


父は現在、40余年働いた町役場を定年退職し、現在は再就職をして別の仕事に就いている。子供が手離れした今は、休みの日には趣味も楽しみ、母と旅行に行ったりもする。

私と父は、性格も選んだ道も全く似ていないが「好きな仕事をする」という点ではずっと一緒だったのだ。
私も父のようにできるだけ長くそれができるように、仕事や働くことを楽しみながら生きていきたい。


飛び上がるほど嬉しいことがあっても、おごらず冷静に。
喚きたいくらい苛立つことがあっても、くさらず誠実に。

ただし、私は父のようにできた人間ではないので、仕事で何かあった時は親しい友人に1度や2度、いや年に2〜3回くらいは「ねぇねぇ聞いてよ!」と歓喜や嘆きの声を、ハイボール片手に漏らしても許して欲しい。

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日野笙 / Sou Hino
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