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ある夏と、 父と、 20年寝かせた花火。


「これから、花火をやります。」


父からそんな珍しい言葉を聞いたのは数年前のお盆。
実家に帰っていたある夏のこと。

父と母、兄と奥さん、5人で食事をしていたら楽しそうでも嬉しそうでもない口調で、父が淡々とそう言った。


「え?なんでいきなり花火?」

「これこれ!もうずーっと前から置いてあったやつ見つけたんだよ。多分10年以上は前だね。20年くらい前の花火かも。確かなんかでもらったの。」


母がそう言いながら見せてきたのは、想像していたよりも質素なパッケージの、確かに「何かのおまけ」っぽい雰囲気が漂う花火セットだった。
セットといっても20本も入っていない。

なぜ何年も眠っていた花火を今更発掘して、しかもやろうと言い出したのかはわからないが、父はそういう「楽しいこと」みたいなものへのテンションが昔からすこぶる低いタイプなので、私と兄は、父がそんな事言いだすなんて珍しいなと思いながら顔を見合わせた。
兄の奥さんも来ていることだし、なにかイベントっぽいものをやろうと気遣ったのだろうか。
そんなことを思いつつも、まぁじゃあやりますかと、私たちは動き出した。

「何で火つけるの?」

「ライターとかあるんじゃない?」

「あ、仏壇のところにチャッカマンがあるよ。」


そんな会話をしていると、母が「そうだ、いいのがある!」と言ってどこからか、直径7~8cmはあろうかという太くて大きなキャンドルを持ってきた。

なにやら赤い油性ペンで手書きされたような、なんとも言えない雑多なハートマークが散りばめられている。
お世辞にもオシャレとはいえない、なかなかのチープさを放つ手作りっぽいキャンドルだ。

「なにこのキャンドル…。」

「これ、お父さんとお母さんの結婚式の時に使ったキャンドル。記念にもらったんだよ。ほら、後ろに一年ごとに灯すように目盛りがついてるでしょ?」

「へぇ...。っていやいや、全然減ってないじゃん。」

初めて見たそのキャンドルの目盛りは5つも減っていなかった。
2人が結婚してゆうに30年は過ぎているはずだが、キャンドルを見る限り、どうやら新婚のようである。

「あはは。全然火つけてないからね!でもこれ停電した時とか、便利なんだよ~太いから倒れないしね、いいの。」


ロマンチックのかけらもない母によって、このキャンドルはもはや停電記念日を刻むものになっていた。
母らしいといえば母らしい。

そして今日、キャンドルは「父が珍しく花火をやると言い出した日」という新しい記念日で目盛りを進めることになった。

5人で家の前に出る。
花火は長い時を経てやっと開封された割に、きちんと火がついた。
暗くて見えないかな、と思いながらも私は珍しいその光景に、携帯で写真を何枚か撮る。
とはいっても20本にも満たない花火は、あっという間になくなっていった。1人3〜4本持つか持たないかくらいである。


「はい、おしまい。」


静かにそう言って、父は特にはしゃぐわけでもなく淡々と5人で灯し終わった花火を、早々に片付け始めた。

物置の整理でもしていて、たまたま出てきたのを処分したかっただけなのだろうか。
まぁいいや、久しぶりの花火。なかなか楽しかったな。
そんなことを思いながら私は家の中に入った。


先程撮った写真をせっかくなので共有しようと開いてみる。
かなり暗めだったが、なんとか編集機能で露出やら明るさやらコントラストやらをいじってみると、案外人の顔がぼんやりと見えるくらいにはなった。
そして暗闇で見えなかった画像を明るくして、私は驚いた。

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