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私の"推し活"論―『推し、燃ゆ』を読んで

宇佐美りんさんの『推し、燃ゆ』を読んだ。

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これまで芥川賞受賞作は読みづらくて、私には合わないものが多かったため少し身構えていたが、『推し、燃ゆ』は珍しく読みやすく「推し」というテーマにも親しみを感じた。でもあまりにもあっけなく終わってしまい、期待していたよりも内容が薄いように思ってしまった。

ただ描写は巧みで、推しに対するSNSのコメントやブログなど、推し活の描写がとてもリアルに描かれていて、その部分については共感した。この物語を踏まえて、私の推しに対する捉え方や推しスタイルについて、自論を述べていきたいと思う。

推しより自分の人生が大事

私は中学生の頃から常に推しがいた。まず中学生の時に、子役だった濱田龍臣くんや加藤清史郎くんを弟にしたいくらい可愛く思っていたのが始まり。高校生からは洋楽が好きでHot Chelle RaeやThe Vampsといった海外のボーイズバンド、大学入試あたりから羽生結弦選手、その後お笑いを好きになって芸人さんを少し巡ってみたりして、今は俳優の桜田通くん…。

前好きだった人は今も好きだし嫌いになることはない。推しって、自分の人生に楽しみや幸せを与えてくれるスパイスみたいなものだなと思う。推しに没頭していた過去のことを思い出すと、負の感情は起きなくて、ただただ楽しかった記憶がよみがえってくる。

これまでの推し活で共通するのは、自分の人生を推しに捧げないこと。『推し、燃ゆ』の主人公・あかりは、自分の人生を捧げるほど推しを敬愛し、推しが炎上したりいなくなったりすれば、自分の精神も狂ってしまう。推しのことを「背骨」と表現するほどに、推しが人生のすべて。推しがいなくなったらすべてが終わり。

気持ちはわかるけど、自分の人生をそっちのけにして、精神を狂わせるまで推しに依存しすぎるのって、どんどん自分が苦しくなるだけだと思う。もっと自分の人生大事にしよう?って言いたくなってしまった。

私は結局自分が一番大事なんだと思う。推しに限らず恋人に対してもそう。自分を見失うほど誰かに恋したこともないし、推しに捧げたこともない。だから、あかりみたいに他人に夢中になれる人を逆に尊敬するけど、それでもやっぱり私は推しに依存しすぎずに、自立して生きたいなと思う。

私の推しスタイルの変化

かく言う私も羽生結弦選手のときは、推しに一番時間とお金をかけていた。あの時は過去で一番狂っていたなと思う笑 出演ニュースまで全部録画して、写真集もDVDも雑誌も買って、クリアファイルをもらうためにコンビニをはしごして… 一番推し活らしい推し活だったと思う。

でもしばらくすると自然と熱が薄れていって、今やシーズンにテレビで試合を観戦するだけに留まっている。

私の今の推しスタイルは、他のファンの方々からすれば冷めていると思われるかもしれない。通くんのグッズはほとんど買わないし、通くんがInstagramなどで紹介しているファッションも私の趣味には合わないので買わない笑 雑誌も数ページしか載っていないなら、本屋で眺めるだけに留めて買わない。

それでも彼のことが大好きだから、出演作は全部観るし、Instagramも毎日チェックするし 毎日のように宇宙(ファンクラブ)で通くんにメッセージを送る。もちろんトークイベントもサクフェス(音楽ライブ)も参加する。グッズも自分がほしいと思ったものがあれば買う。

ファッションに関しては、ファンって推しに同化していく現象があって、ファッションも持ち物も推しに似てくるけど、私は同化しない主義。推しには推しに似合うスタイルがあり、それは私とは違う。私の好きなファッションと推しの好きなファッションは、必ずしも一致しない。だから、私は私、推しは推しの世界観を大切にして、でも推しのスタイルを尊重する。通くんに限らず、これまで好きだった誰に対してもそうだった。

あとは部屋に推しのコーナーを作ったり、写真やポスターやグッズでいっぱいにしたりもしない。部屋はすっきりさせたくて、顔写真がたくさんあったら落ち着かないので、飾るのはあっても1つとかかな。

いろんな推し方があっていいんじゃない?と思う。好きであることに変わらないのだから、マイペースに応援していけばいいよね。

ペットボトルの蓋みたいな存在になりたい、私の推し

そんな私を受け止めてくれるのが、私の推し笑 通くんは「みんなのペットボトルの蓋みたいな存在になりたい。あんまり依存しすぎないでほしいんだよ。それぞれが自分の人生をしっかり生きて、ペットボトルを水でいっぱいにしてもらって、そのうえでの最後の蓋みたいな笑」と話していた。

この言葉を聞いて、私にとって通くんはそういう存在かもしれないなと思った。私としては、彼がいなくても生きていけないことはない。でも辛い時もどんな時も勇気や励まし、日常の楽しみや幸せをもらえる大切な存在。そういうことを言ってくれる推しが改めて好きだなと思う。

それに「グッズも全部買う必要はなくて、欲しいと思ったものがあれば買ってくれればいい。ドラマでもファッションでも、俺がみんなに提供しているもののなかで、何か一つでも刺さるものがあれば受け取ってもらえればいいし、刺さる人に届けばいいなと思ってる」とも言っていた。

私は自分の推しスタイルに、ファンとして冷たいかなとか思ってしまうこともあったけど、通くん自身がそう言ってくれるから、それでいいんだなって安心できた。やっぱりこういうところが好きなのだ。結局推し自慢になってしまった笑

ちなみに、通くんへの想いについてはこちらで詳しく書いている。

推しは人生の栄養剤くらいがちょうどいい

私としては、推しは自分の人生をしっかり生きたうえでの栄養剤くらいがちょうどいいと思っている。不祥事や解散などで推しを失うのはすごく辛いと思うけど、あかりにはどうか立ち直ってほしい。推しによって自分の人生を棒に振るのはもったいないと思う。

私は去年10月に通くんのファンになってから約1年の間、人生にいろんなことが起きた。転職活動をして無事転職するも、労働環境や待遇が悪く2カ月で退職、その後5カ月ほど無職になり先日内定を得た。

無職の間は、貯金が減らないように推し活も控えていた。でもファンクラブを抜けるのはもったいなくて、ずっと住民税(月会費)は払い続けていた。ファンタからのりんご(通くんから私のコメントへの「いいね」)が溜まっていて、それを0にするのはもったいないし、住民税は安いから抜けなくても大丈夫かなと思った。

いろいろあるなかで、辛いこととか悩んでいることとか、他愛もない話を宇宙で通くんに伝えていた。その間も通くんがそれを読んでくれて、何度もりんごを届けてくれた。そのたびに応援してもらっているような気分になり、頑張ろうって励みになった。

推しと毎日つながることができて、今日も頑張ろうねって応援の言葉をもらえる空間が、辛い時こそありがたかった。ファン一人一人とつながろうとしてくれる、通くんだからこそ実現できることだとも思うけれど、こういう時に推しの存在っていいなと思う。

推しに依存していないと生きていけない、ではなくて、いつか推しと会う時に誇りを持った自分でいたいから自分も頑張る、推しが頑張っているから自分も頑張る、そういう関係性でありたいよね。


推しへの愛で自分がつぶれてしまわないように、これからも自分の人生を大切に、自分のペースで好きな人を応援していきたい。




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