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ショートショート集 ARRANGED

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パスティーシュ集です。日本古典と近現代文学が主です。ミルクコーヒーにロシアンコーヒー、アイリッシュコーヒーもいいですね。アレンジ作品がお気に召したらどうか原作をご覧ください。ベー… もっと読む
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記事一覧

掌編小説 花のき村と盗まれ人たち(新美南吉「花のき村と盗人たち」より)

掌編小説 花のき村と盗まれ人たち(新美南吉「花のき村と盗人たち」より)

 杜埜 玖/KuU Morinoさんに朗読して頂きました。是非お聞きください。

 むかし、花のき村にひとりの村役人が住んでいました。
 白髪頭で、いつも眼鏡が鼻の先から落ちかかるようで、ちょっと押したらその場にぺたんと座り込んでしまいそうな、弱そうで頼りなさげな老人でした。

 ある、夏の初めのこと。松の林にジイジイと蝉が鳴いている昼頃、この村役人の老人はこっそりと村の入り口の、水車のあたりの見

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ショートショート うさぎ 【古典落語「ねずみ」】

ショートショート うさぎ 【古典落語「ねずみ」】

 今から400年ほど昔、江戸時代に、左甚五郎(ひだりじんごろう)という彫刻の名人がいました。そのときの江戸の将軍様に「甚五郎の右に出る者はいない」とお言葉をいただいて、『左』を名前の頭にくっつけたのだとかいうお話も残っているくらいです。今でも各地に逸話がありますが、当時は人間界のみならず動物界でも有名だったそうです。

「ねえ、兄さん! 兄さん!」
「なんだい、弟」
「甚五郎先生の話、聞いた?」

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ショートショート テレビ塔【倫敦塔・夏目漱石】

ショートショート テレビ塔【倫敦塔・夏目漱石】

 4年間の名古屋での大学生活で、ただ一度だけテレビ塔を見物したことがある。その後再び行こうと思ったこともあるがやめにした。人から誘われた事もあるが断った。一回あの塔に登るだけで千円ほども出すのは惜しい。二回登れば二千円。伏見ミリオン座で映画が一本見物できる。

 都会の街は一種の魔法のようだ。大きくなったり、小さくなったりする。通い始めたばかりの頃はまるで広大な迷路のようだった地下鉄も、ポケットの

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ショートショート サバンナで殺人事件?【D坂の殺人事件・江戸川乱歩】/【ショートショート100|No.05「探偵」|3,989文字】

ショートショート サバンナで殺人事件?【D坂の殺人事件・江戸川乱歩】/【ショートショート100|No.05「探偵」|3,989文字】

 それは9月初旬のある蒸し暑い日のことであった。私はナルル湖のほとりで湖の水を飲んでいた。私たちガゼルは群れで暮らす。私もご多分に漏れず、それなりのコロニーに席をおかせてもらっていたが、まだ若かった私は、特に地位も役割も与えられておらず、集団生活特有の、あの息苦しさにたまに嫌気がさした。そうした時に、こうしてこっそり群れから離れ、フラミンゴたちの噂話や、バッファローたちの鼻息や、インパラたちのはし

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ショートショート ジュリアン浦上さん【じゅりあの•吉助|芥川龍之介】

ショートショート ジュリアン浦上さん【じゅりあの•吉助|芥川龍之介】

 コーヒー屋で、浦上さんという方と何回めかのミーティングをする。助成金の申込書類を作る手伝いをするためだ。

 ジュリアン浦上というのが浦上さんのステージネームだ。生粋の日本人で、「ジュリアン」部分は仮名。「浦上」の部分が名字。本当の名前は「善雄」。どうして「ジュリアン」にしたかは知らない。

 大変に背の高い人で、よくステージの天井に引っかかる。帽子を被ると柱に引っかけて、必ず帽子が落ちる。その

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小説|サクラとモリが満開の下(あるいは、もう少しだけ冷たい何か)

小説|サクラとモリが満開の下(あるいは、もう少しだけ冷たい何か)

 「桜の花の下から人間を取り去ると怖しい景色になる」と堕落を勧める作家が書いたのを読んだことがありますが、それは昭和の始めの頃の話で、近頃の桜は公園や道路にすっかり飼い慣らされて、群れをなして通る人の恐怖をかきたてるようなものではありません。



 残業帰りのモリさんがサクラを見つけたのは夏のことで、当然まだ桜は花をつけておらず、ひとっこ一人いない真っ暗な公園の、一本だけある、桜の木の下にある

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ショートショート 送り狼退治

ショートショート 送り狼退治

 ある繁華街。深夜でございます。営業課の宮本さんが、ハイヒールの足をひきずりながら歩いておりました。靴擦れ。付き合いの宴席で、少しばかりお酒が入りすぎて、調子にのりすぎたのでございましょう。血の滲むような痛みに小さく声をあげながら、ずるりずるりと灯台のあかりのように光る駅のツインタワーを目指して、歩いておりました。

 そこに、偶然、総務課の関口さんが通りかかりました。決算期でございましたから、珍

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ショートショート 佐野槌の後ろ髪

ショートショート 佐野槌の後ろ髪

  ……お久。あんた。今、おっかさんの心配したね。
 『頑張って』でも、『早く迎えに来て』でもなくて。『おっかさんを殴らないでね。』って。分かってんだね。賢い子だよ。そうだよ。あのバカに、あんたのおとっつあんに、あんたがその身を売ってようやくできる50両もの借金は返せない。おとっつあんの借金の期限がくる1年後には、あんたは借金のカタに、この佐野槌で女郎になるんだ。

 「はい」じゃないよ。泣き喚い

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ショートショート あいうえ おわりにゃごや

ショートショート あいうえ おわりにゃごや

あんたに あげるわ 赤福を
行って 帰った 土産だわ
ういろは 名古屋の もんだがね
えっらい 大きい エビフライ
大須に 行って 食べよまい

かりもり かりこり 噛み締めて
黄色い 銀杏 食べました
クロワッサンに あん生クリーム
けったマシンで 買いに行こ
コメダの 隣で 待ち合わせ

笹島ライブで さようなら
シロノワールを ごっそさん
スガキヤ あんかけスパゲティ
世界の山ちゃん せいぞ

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ショートショート カフェオレのいわれ

ショートショート カフェオレのいわれ

アラバマの娘 愚かなルーシー
赤い癖っ毛 そばかすだらけ
買い物帰りの山道で
どこぞの野犬に襲われた

農場奴隷 まぬけのジム
たくましい体に 夜のような肌
とっさに野犬を追払い
ルーシー抱えて 送り届けた

それから二人は 逢瀬を重ね
ある夜 街を逃げ出した
両親 警察 奴隷主
皆が血眼で追いかけた

ジムの体は夜の色
けれどルーシー ミルク色
奴隷主がめざとくみつめて
ばん
長い銃口が 火を拭

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ショートショート 楽園の終わり

ショートショート 楽園の終わり

 甘い香りでむせかえるような花園で、男が一人花を摘んでいる。
 ゆり、ひまわり、バラ、金木犀、ジャスミンにハイビスカス。大きな花輪をつくるためだ。
 管理人がやってきて、冷酷に時間を告げる。男は罪人だ。長くいることができない。白い服の管理人に促されるまま、黙って後をついていく。

 どこまでも透き通る水が流れる川に、人を恐れない魚がゆうゆうと泳いでいる。果樹の全てがたわわに実り、ただ、もがれるのを

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ショートショート いそらの音

ショートショート いそらの音

「これから、よろしく。」
そういって手を差し伸べてきた男は整った顔立ちをしていた。色白の肌。人好きのしそうな作り笑い。いかにも軽薄そうだった。手をとると、当然のように反対側の手が私の肩に乗った。振り払った。

いずれ慣れるだろう。歌や楽器と同じだ。気持ちなど、後からついてくる。
琴を弾けば母が喜ぶ。和歌を作れば父が喜ぶ。この男と結婚すれば、両方喜ぶ。結構ではないか。

白無垢は重くて暑い。祝詞は退

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ショートショート アジャラカモクレン

ショートショート アジャラカモクレン

 いたい。
 白い天井。人の声。寝かされてる。ぐらぐら揺れる。救急車の音がする。もしかして、ここが救急車か。

 顔。いきなり覗き込んできた。近い。にやにや笑ってる。誰? 浅黒くて、痩せている。前髪で目が見えない。何だろう。見覚えがある。

 昨日。歩道橋で、車を見ていた和服の男。事故現場を、楽しそうに。
 悪趣味なやつだなと、横を通り抜けようとしたら、声をかけられた。
「あたしが、見えるんですか

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ショートショート 『ワトソン君、聞こえるかい?』

ショートショート 『ワトソン君、聞こえるかい?』

 「ワトソン君、聞こえるかい?」は、「答えをおくれHAL」で第8回チューリング賞を受賞して一躍有名になったAI作家、γ(ガンマ)の最新刊だ。

 いくつかの刺激的な短編と、一本の美しい長編で構成された本書はそれぞれの物語が独立していながら複雑に交錯しており、32,000ギガバイト程度のこじんまりとした小品ながら、γの『物語の織物師』の異名に相応しい作品となっている。

 中でもタイトルにもなってい

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