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2024年3月の記事一覧
つるかめ算となにかを知ること。
ツルとカメの頭の数は50で、足の数が合計156本のとき、
ツルは何羽、カメは何匹でしょう?
という問題は「つるかめ算」と呼ばれているけれども。
この解き方としては、まずは、
すべてがツルだったと考えてみる。
ツルの足は2本なのだから【50×2=100】、つまり、
すべてがツルならば足の合計は100本となる。
でも、この問題では156本となっているので、
この差は【156-100=56】で、
56本
学校の勉強と将来使う知識とは何か?
先日のブログでは、「学校の勉強」について、
将来のために関する物事のみを
ピンポイントで勉強してもしょうがない、
という旨を、とある記事を読みながら記しました。
現在、学習塾講師として勤めるぼくとしては
学校の勉強を行うことについて、もっと
じぶん自身のことばで言えることを考えられたい、
というのは折に触れて思ってはいるのですが、
いやはや、説得力を持った説明を述べるのは
なかなかむつかしいとも思
権力と和久さんのことば。
このごろ、じぶんの中でよく
考えていることのうちのひとつに
「権力」というのがありまして、つまり、
「権力とは何か?」って思ったりもするですが。
権力について考えようとするときに思い出されるのは、
平成9年放映のドラマ『踊る大捜査線』(第7話)で、
いかりや長介さん演じる「和久さん」が、
織田裕二さん演じる「青島さん」へと話していた
【正しいことをしたければ偉くなれ。】
ということばです。とは言
王様の耳と欧風のシチュー。
比喩という表現にも、
いくつかの種類があるとのことでして。
そのなかでもね、いちばん一般的なのは
「直喩」なのだと存じます。
「直喩(明喩)」とは、たとえば
「〜のような」というような語句を含めながら、
あるものを、それとは別の
「なにか」にたとえる表現方法なのだけれども。
例を挙げてみれば、
「王様の耳は、ロバの耳のようだ。」
という風に言うとすると、その王様の耳は
ロバの耳のような、つまり、
まだ、このお花を感じていたい。
先日、母方のおじの葬儀へ参列いたしました際、
お花をいただき、そのお花たちを
翌日、母が花瓶に入れて飾っております。
ぼくの自宅では、一緒に住む母が
庭いじりが好きなので、お庭では
いろいろな植物がおられるけれど、
家の中には、観葉植物はあれども、
お花を飾ることはほとんどなくて、
(母は切り花があんまり得意じゃあないらしい。)
でも、こうして、普段は見ないような
家の中でお花を眺めていると、
「風」のことが歌われる音楽のこと。
このごろ外で吹く強い風を感じながら考えていたのはね、
「風」のことが歌われておる音楽って、
たくさんあるよなあー! ということでして。
たとえば、前回noteの最後で申しあげました
ボブ・ディランさんの『Blowin' in the Wind』は、
その筆頭と申しますか、ぼくは音楽史について
くわしくは存じないですが、もしかしたらこの曲が
「風」の音楽の創始なのやもしらない。
B'zの1992年
自転車通学と風に吹かれている。
昨日のブログでは、ぼくの住む愛知県豊橋市は
風の強い日がけっこう多い、
というのを申しましたが。
そんな強い風のことでいちばん思い出すのはね、
高校のときの自転車通学のことです。
ぼくは高校は自宅より約9キロ離れた学校まで
自転車で通っていたのですが。
やっぱり、自転車通学で大変だったのは
9キロという距離もあったけれど、
それはそれで慣れてくるので良しとして、
でも、風はときに困難だったな。
「春眠」と言われるぐらいだからこそ。
「春眠」ということばもあるけれども、
春が近づいている、というか、もうすでに
春に成りかけの今日このごろはね、
めっぽう、眠い。
朝もぎりぎりまで寝ていたいし、
むしろ、ぎりぎりのときを
過ぎてしまったとしてもまだ寝てたい。
いや、でも、この上で
「春眠」ということばを申したけれど、
春だから眠い、と言うよりかは
春夏秋冬及び梅雨における年がら年中、
ぼくは眠たい気がするなあ。
とは言えども、
「食べる」について考えること。
このごろのブログでは、生きるのに重要なことは
「食べる」なのだと思い、
そのようなことについて記していたけれども。
そもそも、「食べる」という行為って
不思議だよなあ! って思える。
月並みな意見なのだとも存じますが、
「食べる」とは、動物や植物を
この身体へと取り入れることで、たとえば
「弱肉強食」や「食物連鎖」という語句もあるけど、
いわゆる、生物を殺して、
つまり、現代の農耕牧畜の社会では
ある講義のことを思い出しながら。
前回noteでは、生きるのに重要なことは
「食べる」と「排泄する」である、
というのを申しあげまして。
そして、ぼくは恥ずかしながら
「痔」を持っているのですが、そんなぼくとしては、
人間の「肛門」という器官は、
案外、弱い、ってゆうのも記しました。
平成23年、ぼくは肛門科にて
「いぼ痔」と「痔ろう」の手術を受けまして、
そのおかげさまで症状は改善をしたのだけれども、
それから10年以上が経ち