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♡今日のひと言♡村上春樹

1か月前

他人の価値観で生きるのではなく、自分の思いに価値を見出し生きていく。他者は自分の思いを100%理解することはできない。だからこそ自分の思いを信頼して生きていくことが自分らしく生きる鍵となる。自分を理解し、理解できた自分に価値を与えて生きていく。そうすれば迷うことなく生きていける。

長めの記事(梶井基次郎)を載せた後なので、 「今日のひと言」は数日お休みさせていただきますm(__)m 「今後こんな作家のことばも!」みたいなリクエスト等ございましたら、コメント欄にお気軽にどうぞ(^▽^)/                         店主

1か月前

心が和すれば周りに発する言葉も丸くなる。このため、自分自身に調和が取れるようになって始めて、世の中と調和が取れるようになる。どんなことでも、まずは自分を整えることから。自分を整えることができれば、調和を軸とした言動が取れるようになる。私が平和になって始めて、世界に調和が生まれる。

我々は「重み」のある体を持っている。このため体を動かすには力が必要になる。では重みのある体に力を入れるにはどうすればいいのか。それは「思い」に力を込めればいい。思いに力を込めて自分を動かせば、道は自ずと開かれる。しかも、思い洗練させて軽くすれば、少しの力で動けるようになっていく。

30年以上世界から取り残された日本の経済成長。やっと35年振りに日経平均株価が戻ろうとした矢先、GDPがドイツに抜かれて4位に下がった。私は言いたい。日本はよく踏ん張ったと。この間世界は10倍、いや20倍に株価は上がってんだから。

1か月前

ある対象に祈りを捧げるとき、その対象と私は向き合い一つとなる。私がある物事に祈りを捧げるとき、その物事と私は等しくなる。祈りによって私を差し出すせば、差し出した私の思いをその相手や出来事が受け取って、双方が強く結ばれていく。祈りは自分を癒すと同時に相手も癒し互いの差を消失させる。

願いは、自分の中の葛藤を克服することで敵うようになっている。注意すべきは、敵を下して望みを敵えようとしないこと。むしろ、敵と感じる存在と調和が取れるようになったときに願いは適うようになっている。願いは、葛藤を手放して敵い、調和で適い、八方善しで成就する。願いは内と外の調和で叶う。

寒さは身体だけでなく心も縮こめてしまう。心が縮こまってしまうと、前向きに物事を考えられなくなってしまうもの。なので、身体を温めること。身体が温まれば自然と心が開いていくし、心が開けば周りの人にも温もりを与えられるようになっていく。まずは自分を温めてから、その温もりを広げていこう。

祈りは「生宣り」とも書く。つまり、祈りは生きること宣言することである。自分のため、他者のため、自然のため、地球のためになることをイメージし、それを祈りに変えて前向きな気持ちを抱いて、ともに生きることを宣言する。我々の望む未来は、そういった祈りによって導くことができるようになる。

衝動は自分という存在の琴線に触れるときに起こる。理由もなく動きたくなるとき、その背後には自分の深いところに眠っているメッセージが潜んでいる。衝動で動くことは悪いことではない。むしろ、直観に従っていった方が、新たな発見や気づきを得られたりする。動いた経験は知恵に変えることができる。

30歳になりました🎉 おめでとう、わたし。

心が動いてその思いを言葉にすると、すっと行動できるようになる。行動は、意図を持ち心と身体を一致させるといい。身口意が一致した行動は、周りにいい影響を与えられるし、自分が喜ぶことをすれば、もっといい影響を与えられる。行動することで世界が動く。思いを具現化するのに行動が欠かせない。

何かに感動し動きたいという衝動が芽生えたら、それを言葉にしてみる。言葉は、そのまま意図となって行動の道標になる。心で思うだけでなく紙に書いたり口にして動き出だせば、自分の思いと行動を一致できるようになる。言葉は言霊。言霊を唱えて動き出せば目には見えない力を味方にすることができる。

「喜び」という言葉の語源は、「太鼓を打って歌い踊ることで神の機嫌を良くさせる」であるそう。神社の拝殿にある鏡は、自分の姿を写すものであり、「かがみ」の「が」を取ると「かみ」になる。つまり、我々は誰もが神であり、歌ったり踊ったりすれば、自分という神の機嫌を良くすることができるのだ。

スッキリと生きる方法として歌を活用するのもいいだろう。歌うことは声を出すこと。声を出すことで気分を変えることができるし、歌を歌えば前向きな気持ちになって心を癒すこともできる。心を込めて歌を歌うと感情が動くので現実を変える力にもなるし、大勢で歌を歌えば集合意識を変える力となる。

心が和めば平和になる。この世界を平和にする方法は、一人ひとりが和んで生きること。そのためにも、積極的に自分を和ませるように整える。心が乱れたと感じたら、力を抜いて和む方へ修正する。そうやって自分を調和に導いていけば、不思議と周りの人も優しくなっていく。自分が変われば世界も変わる。

今年いろんなことがあったと思いますが、そういった経験がやがて実りにつながっていきます。日々の営みがやがて熟して果実へと変わっていくものです。現状はどうであれ、まずは今年一年を乗り超えてこれたことを祝い、快い気持ちで新年を迎えれば、来年、熟した果実を収穫できるようになるでしょう。

今年は辰年。たくさんの人が龍が飛ぶが如く飛翔の年になることを願います。また今年は龍飛(だっぴ)の年でもあります。個人においても社会においても、古い観念から脱皮し新しい価値観で生き始める、そんな予感がしています。脱皮は内側から成長して起こります。今年は心を成長させて飛躍する年です。

意志を持って観ることで、物事の奥に潜む本質に触れることができるようになる。観て察すれば観察になるし、客観的に冷静に見つめれば観照となる。観るとは視覚だけではない。身体を使って感じてみることも観るに通じる。意志を持って観て感じれば、そこに氣づきが生まれ、物事の理を知ることができる。